もういいよ その2

文字数 1,359文字

 でも……、僕が彼女に言いたいことは、本当はそれではない。

「公主はもう、これ以上、人間に変わることは出来ないんです。だって……、遥か昔から公主は人間だったのだから……」
 そう、僕の言いたいことはこれだった。そう、昔マスターが僕に言ったことだ。

「人間の記憶を持った大悪魔と、大悪魔の力を持った人間、どう違うのですか? 人間に憑依して、人間の心を共有した時点で、公主は人間になってしまったのではないですか? いいえ、あの女性に会って、別種族を殺すのを躊躇(ためら)ったあの時、公主は既に人間だったんじゃないですか? 人間になっていたからこそ、不合理であっても、感情で判断してしまうのではないですか?」
「……」
「二人を逃がしても良いじゃないですか?」
「こいつら、また襲ってくるぞ!」
「その時は、また公主が闘ってください」
「その時、私は死んで、いなくなっているかも知れないのだぞ……」
「その時は、きっと、この二人が人間になって、この世界を守ってくれますよ……」
 耀公主は後ろを向いた。
 そして、彼女は無言のまま、暫く動こうとはしなかった。只、右手のサーベルは、何時の間にか、元の白い指に戻っている。

「分かった。もういい……。気分じゃなくなった。確かに、私たちは悪を倒すヒーローって柄じゃない。自分達が助かれば、それで充分だ。こいつらには、もう人間を襲うことなど出来ないだろう……。もう、闘う意味などは無い」
 岩男君は、体勢を崩し、よろけたかと思うと、スーパーボールの様に空へ跳ね上がり、地上に落ちて何回も転がった。彼女が彼に掛けていた、質量増加の攻撃を解いたのだ。
「公主……、ありがとう……」
「しかし、マサシ、その小娘は、もう助かりはしないぞ」
「え?」
 僕が耀公主に立ちはだかった時から、もう、お嬢は立っていることすら出来なくなり、苦しそうに(うずくま)っていたのだ。
「ドラマでは、その場で死ななかった奴は必ず回復する様だが、実際はそうはいかない。病院に運ばれても、その病院で死んでしまう者も多いのだ」
 驚いてお嬢を見る僕に、その理由を彼女は説明してくれた。
「こいつは魔力を使い過ぎた。(えん)で生気の大半を失った状態のまま、危機察知の魔力を使った為、回復できない程に衰弱してしまったのだ。
 高熱を出している状態で、フルマラソンを走った様なものだ。もう、人間を食べるどころか、小さな子供を襲うことも出来ないだろう。もう、自らの力では生気を吸うことも出来ず、弱って死んでいくしかないのだ」
「転生とか、憑依とか出来ないのですか?」
「転生しようと思っても、転生できる場所に移動する前に力尽きるだろう。憑依は悪魔の誰もが出来るものではない。私は自分用の(えん)があった為、出来る様になったのだ」
「そんな……。お嬢は……、僕を助ける為に、能力を使ったからですか?」
「それは違う。こいつの能力の特性なのだ。他の奴の魔力は、使うと云う意思を必要とするが、危機察知の場合は、脅威があると自動的に検知し、能力が勝手に発動されてしまうのだ。そして、危険が大きければ大きいほど、警告に費やされるエネルギーが増大し、抑えることなど出来なくなるのだ。今、こいつが感じている死の恐怖すら、脅威としてこいつの生気を奪っていく。その悪循環を()めることなど、最早、誰にも出来はしないのだ……」
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