伝説の太子、ウィシュヌ その1

文字数 1,048文字

「これは公主殿。本日はどの様なご用件かな? 本拠地を襲うのは、お互いルール違反の筈。それとも、ご回心なされ、我が宗派に帰依なさるご決断でもなされたかな?」
 操舵主と呼ばれた老僧は、(ずる)そうに様子を伺いながら、彼女に来訪の理由を尋ねた。返答によっては、ここで一戦交えることも辞さない構えの様だ。
「まさか……」
 即座に彼女は否定する。
「では、如何(いか)なご用件で?」
「大悪魔が来ている」
「確かに。この広場に帰依前の凶悪な大悪魔が一匹来ておりますな……」
「操舵主……。お望みなら、今からルールを破ろうか?」
「いや、これは失礼。話の腰を折ってしまいましたな。お続けください」
 咳払いを一回入れ、彼女は説明を始めた。
「バアルゼブルと云う、虫を操る大悪魔がこの時空に来ている。こいつを迎撃したい。少し、光臨派に手伝って欲しいのだ」
「ほう、公主殿が我々に頼み事をするとは珍しい。確かに大悪魔と戦うのは、我々の真の教義。お手伝いするのは、(やぶさ)かでありません。ですが、具体的に我々は、どうすれば宜しいですかな?」
「取り敢えず落ち着きたい。比較的虫の来ない場所を用意してくれ。そして、これは出来たらで良いのだが、魔力を探知し、バアルゼブルの正確な居場所を探ってくれ。あと、トイレも借りたいな。それから食事。朝が未だなのだ。それと皆が着ている服を二着貸してくれないか? この服は臭くて堪らんのだ」
「分かりました。お安い御用です。では八角縁堂にいらしてください。(とき)とお召し物を用意します。(かわや)庫裡(くり)にございます。誰かに案内させましょう」
 操舵主と呼ばれた老僧は、右手を上げて紅海を割る様に整列を左右に退け、中央に出来た通路を真っ直ぐに進んで行く。彼女は堂々と、そして僕はオドオドしながら、出エジプトの時の民の様に、前を歩く操舵主の後を、僕たちは黙ってついていったのだ。

 その後、暫くの間、僕は操舵主と云う老僧と二人、八角縁堂と呼ばれた建物で彼女が戻るのを待っていた。
 その建物は、外から見ると和風建築の様だったのだが、中は大理石の調度品と、中国風の丸テーブル、そして、キリスト教の礼拝堂にある様なフレスコ画に満たされていると言う、実に不思議な建築物であった。
 そして、その宗教画は漫画の様に順番に並んでおり、何か歴史的な出来事を表しているものの様だった。
「これは一体?」
 僕の(つぶや)きは、老僧への質問となってしまい、彼は僕にこう尋ね返したのだ。
「公主のご弟子様。あなたは我が宗派と耀公主の因縁話を、まだお聞きになっておらんのですかな?」
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