消えた耀公主 その3

文字数 1,576文字

「マスター、光臨派の総本山がどこにあるか知りませんか? 僕、もう一度、光臨派の総本山まで行ってきます!」
 居ても立っても居られなくなり、僕はマスターにそう尋ねた。だが、マスターの応えは僕の期待したものでは無かった。
「いや、それが、どこにあるか、私も全く知らないんだよ……」
「そうですか……」

 マスターは少し考えてから、僕にひとつの提案をしてきた。
「マサシ君、マンションの鍵を貸すから、もう一度、盈のマンションを見に行ってくれないか? 盈の部屋の中になら、光臨派について、何かしら、手掛かりになる様な物があるかも知れないから……」
 マスターは酒瓶の並んだ棚の端から、鍵を取り出した。そして、それを渡す時、彼は僕にその話を始めたのだ……。

「マサシ君。なぜ盈が君を使い魔に選んだかって話をしたよね。覚えているかい?」

(一分一秒を争うかも知れない、こんな時に、何でマスターは、僕の間抜け面の話なんかするんだ?!)

「初めて君がここに担ぎこまれた日の翌朝、盈にそのことを聞いたんだ。盈が仲間を持つなんて、私には、とても信じられなかったからね。そしたら……」
 その後のマスターの言葉は、彼女が話しているかの様に、僕には聞こえてきた……。

「だって、笑っちゃうもん。私、大悪魔だよ。人間じゃなくて、怪物なんだよ。それを知っていながら、あいつ、自分が気が付いたとき、何言ったと思う?
『ところで、さっき誰かに襲われてなかった? 大丈夫? 怪我しなかった?』だって……。
 そう私のこと心配したんだよ。信じられる? 笑っちゃうよね。人間がだよ……。
 でも、普通の女の子だったら、そうやって護って貰うのかなって。何か、本当に護って貰わなくても良いから、そう云う人間が私にいても、悪くないなって思って……。うん、私も笑っちゃうよね……。悪魔なのに……」
「……」
 マスターは、最後にこう頼んだ。
「こんなことを、君に言うのも何だけど……。盈を、妹を守ってくれないか……。頼むよ、マサシ君」
 僕は鍵を受け取ると、「ジェイジェイ」から藤沢本町の駅まで一気に走った。

 境川に掛かる西富橋を駆け抜け、藤沢市民病院の前の通りから一路南側にある路地を通って、本町通りの行き交う人を縫う様にして。
 少しでも早く、一秒でも早く、間違っても電車に乗り損なうことなど無いように。
 僕は走った。肺が破裂しても構わないとばかりに。そして、藤沢本町の駅に着くと、改札を擦り抜けて、向かいのホームに渡り、僕は待った。片瀬江ノ島行きの電車を。一秒でも早く来ないかと。

 光臨派の車の中で見たあの夢が、彼女の魔力で伝えられたものだと僕は確信している。彼女は操舵主の罠に嵌り、光臨派に因って総本山に捕らえれてしまったのだ。
(絶対に助け出す!)
 それには先ず、光臨派総本山がどこに在るか、手掛かりを見つけ出さなければ!

 僕は電車に乗り込み、藤沢駅での時間待ちすらも早くして欲しいと苛つきながら、片瀬江ノ島駅にへと到着し、そのまま短距離走でもしているかの様に彼女のワンルームマンションへと走って行った。

 マンションに着いた時、僕はこの事に今頃になって気が付いた。
「タクシーに乗るべきだった……」
 藤沢本町では、どこでタクシーを拾ったら良いのか分からないと思い、JRの藤沢駅からでは、小田急線を降りてタクシーを捉まえる時間が無駄だと考えていた……。
 そんなことをせず、「ジェイジェイ」にいる時、マスターに電話でタクシーを呼んで貰えば良かったのだ。
 そう言えば、「ジェイジェイ」を飛び出す時、マスターが後から何か僕に叫んでいた様な気もする。
 まぁ良い。今は一刻も早く、彼女の部屋に上がって、光臨派総本山の手掛かりを見つけ出さなければ。

 僕は、マンションのエントランスで、オートロックの鍵穴に、マスターから預かったキーを差し込んだ。
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