悪魔の少女 その3

文字数 2,265文字

「それ何?」
 大悪魔の女の子は、僕の突然の行為に怒るでもなく、闘いを()めて興味深そうに僕に尋ねてきた。僕も立ち止まり、散々蹴られた尻を摩りながら答える。
「いてててて。これは君たち大悪魔の能力を吸い取る法具だよ。ほんの少しだけで良いから、君たちの能力をちょっと分けて欲しいんだ。僕は君たちの能力が必要なんだよ」
「能力を吸い取るとどうなるの?」
 それは、僕にも答えられないので、そのまま心の中の彼女に尋ねてみた。
『公主、どうなるの?』
『生気を全て吸い取られたら、大悪魔と言えども死んでしまう。転生することも、憑依することも叶わない』
「全部吸ったら、大悪魔でも死んじゃうらしいよ。でも、全部吸わないから大丈夫さ」
「全部吸ってもいいよ。出来るものなら。うん、その方が面白そう。お兄さん、逃げてばっかりで、闘っていても詰まんないし……。で、どうすれば良いの? この珠を額に当てればいいの?」
 大悪魔の女の子、つまり子供の彼女は、僕の手を両手で取って、自ら額に珠を(あて)がった。すると、子供の彼女の額と珠が光り、女の子は小さく振動しながら、電源を切られた玩具の様に動きを止めたのだ……。

 突然、僕は別の世界に引き摺り込まれた。いや、それは別の世界と云うよりは、過去の記憶が蘇ったものの様だ。
 僕は白昼夢を見ているみたいだった。

「いいだろう。その珠を使ってみるが良い」
 今度は大人の彼女の声だ。それに対し、耳障りな男の返事が聞こえてくる。
「その高慢さがお前の命取りだ。死ね!」
 僕の目の前にいた、目つきの悪い痩せた男が、僕の額へと、あの珠を(あて)がった。すると、あの珠は僕の額に当てられたまま、薄暗く、鈍く光り始める。だが、その珠は一秒もせずに(ひび)が入り、次の瞬間には粉々に砕け散っていったのだ。
 珠が砕けた反動か? それとも僕に対する恐怖なのか? 目つきの悪い男は、目の前で尻餅を搗き、そのまま、ずるずると後退りをしている様だった。
「人間の作ったもので、大悪魔の私が封じられる筈もない……」
「たっ、助けてくれ。あれは……、あれは、私の作ったものではない。あれは、ここに居る女奴隷が作ったものだ。私は別にお前を封じようなんて、全く思っていなかった。嘘じゃない、助けてくれ……」
(これは、公主の記憶?)

『ああ、そうだ。目の前に尻餅を搗いている情けない男がウィシュヌ太子。これは未だ、私が大悪魔として仲間と時空の狭間(はざま)を荒らしまわっていた頃の記憶だ』
 目の前から太子が立ち上がり逃げていく。
『いいのだ。追いかける価値すらない奴だ』
(あれが……、ウィシュヌ太子)

『当時、私は自暴自棄になっていた。と云うか、夢も無く、大悪魔にも飽きて、もう、いつ死んでも良いと考えていた。死ぬ危険が少ない分、逆に生きることに執着が無かったのだ。大悪魔に寿命は無い。確かに年は取るのだが、転生と云う手法で、何度でも幼年期に戻って、再生することが出来るのだ』
『再生ですか?』
『そうだ、恒星か何かで体を燃やし尽くし、体の中にある幹細胞から、幼年期へと体を戻し、炎の中から蘇るのだ。我々はそれを、転生と呼んでいる』

 気が付くと、ウィシュヌ太子は逃げてしまっていた。僕の前には一人の女性が残されている。それは力みも恐れもない、聖母の様な姿だった。そして僕には、彼女も不思議と、とても懐かしく感じられたのだ。
「どうした、どうして逃げない? 太子は逃げてしまったと云うのに」
 僕はその女奴隷に尋ねた。しかし、彼女はその問いには答えず、別の願い口にしてきた。
「私を殺してください。それで、この国のことを荒らすのを、お終いにしてください。お願いします」
 だが、僕には、その願いを受け入れることは出来はしない。
「それは無理だ。さあ、お前の夫と息子の所に帰るがいい」
「そうは行きません。あの珠を作ったのは、私です。恨まれるのは私一人の筈です。私を殺し、それで許してください」
 女奴隷は、祈る様に見つめ続けていた。
「そんなこと、私には関係ない。第一、私には、大悪魔全員に『国を荒らすな』など、命令をすることは出来やしない。
 ん、だが……、しかし……。
 どうだ、あの珠の作り方を教えろ。私が作れば、大悪魔を何人かは倒せるかも知れんぞ。場合に依っては、それで私が(ほか)の大悪魔と闘ってもいい」
「それを信じろと?!」

『これは面白いと私は思った。もしかしたら、何人かには勝てるかも知れない。そして、何時か、私の方も殺されるだろう。それなら、それで良いと思ったのだ』
『面白いと思った? それで仲間を裏切ったの? それだけで……』
『ああ。まぁどうでも良かったのだな。そんなこんなで、私はこの女奴隷から、この珠の作り方を教わる。それで大悪魔と闘ってみたら、この珠で吸収した力が、自分のものになることが分かって、結局、なんだかんだ言って、十二人の大悪魔を退けることになってしまったのだ』
(そんな経緯(いきさつ)があったのか……)

「さぁ、私を殺してください」
 女奴隷は(ひざまず)きながら、僕に懇願している。
『マサシ、どうする? 助けたいよな……、マサシなら……。私は、それすらも、どうでも良かったのだ』
『お前を殺しても、私は何も嬉しくない。なのに何故、私がお前を殺さねばならぬのだ』
『そうは行きません。私が死なないと、太子に家族が殺されます。悪魔を倒す法具を作れなかったこと、そして、彼が悪魔から逃げた責任と云うことで……』
(な、なんて奴だ。ウィシュヌ太子)

「マサシは未だ、あいつの生まれ変わりになりたいか?」
(いや、もういい。いくら何でも……)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み