伝説の太子、ウィシュヌ その3

文字数 1,415文字

「えっ、嘘なの?!」
 僕は思わずそう叫んでいた。

「マサシ、考えろ。ご神体に封じられたものが、何故ここで手を叩いているのだ?」
 彼女の言葉に、操舵主が反論する。
「それは、ご神体破損のおり、公主殿が古き記憶を失い、外界に転生されてしまったからでございませぬか……」
「馬鹿々々しい。誰が信じるものか! その真偽についての話は、以前に終わった筈だ。どうしても、お前たちが私を生き仏にしたいと云うのであれば、お前たちの法術とやらで、私を強引に屈服させるのだな」
「いいでしょう。我らとて僧の(なり)はして居っても、僧であって僧でなし。力で公主殿を納得させましょうぞ!」
 細かいことは良く分からないが、光臨派と彼女の間には、深い因縁があることが、僕にも何となく感じられた。
「では飯を頼む。血の滴る様なステーキがあれば良いのだがな……。あと、早めにバアルゼブルの居所を突き止めてくれないか? 多分新宿あたりだと思う。お前たちもだが、この悪魔とは、いい加減、決着を付けたいと私は思っているのだ!」
「分かりました。では、私は本堂に戻ります。御用がありましたら、そのお弟子さんを使いにお寄こし下さい」
 操舵主は僕たちにそう言うと、壁に寄りかかり、手を組んでいる彼女の脇を、ささっとすり抜けて、北側の出入口のドアからスタスタと出ていった。

 操舵主が立ち去ってから程なく、修行僧二人が配膳用のキャスター付きの台に乗せ、僕たち二人の朝食を運んで来た。そして、僕らが座っている中国調の円卓にそれを配膳する。
 間違いなく、それは彼女の注文したものだった。牛肉の焼ける香ばしい匂いと、ジューと云う心地良い音を響かせて、厚切りサーロインステーキが二人分、脂を弾かせながら、僕らの目の前に置かれていく。
 僕たちは、朝からちゃんとした物を食べていなかったので、直ぐさまテーブルに広げられた豪華な朝食の片付けに取り掛かった。
 
 しかし、実は先程の話が少し気になって、僕はステーキがどうも喉を通って行かない。
 もしかして、耀公主である彼女と、その、何とか太子とか云う王子に、前世のラブロマンスの様な物があったのではないだろうか?
 僕は、無心に肉に齧り付いている彼女の横顔を伺った。彼女は何時も以上に増した食欲を、只管(ひたすら)に満たしている。
「しかし、寺の朝飯に本当にステーキが出るとは思わなかったですね。あの、公主……。さっきの伝説の話なんですが。なんたら王子って云う……。あれは本当にあった話なのですか?」
「ああ、ウィシュヌ太子の話か……。あまり思い出したくない話だな。操舵主の話したことは、半分は本当だが、半分は嘘だ。当然だな、仮にウィシュヌでなかろうとも、人間の作った法具などで、大悪魔が負ける訳などないのだ。それに……」
 彼女は、その話題には全く触れたくないと言わんばかりに、肉を食べることに集中している様だった。
「ウィシュヌ太子って、どんな男の人だったのですか? 格好良かったですか? それとも、あの~、僕に似てるとか、そう云うことって、あったりしませんか?」
 実の所、僕がその太子の生まれ変わりじゃないか、それで僕たちは、世代を超えたロマンスなのではないか……。何て、僕はそんな淡い夢も抱いていたのだ。
「どうだろう? あいつの顔など覚えていないな。いずれにしても、マサシの方が絶対私好みだ。何と言っても、マサシは悪魔好みの凄い抜け顔なのだからな」
(これは喜んで良いものやら?)
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