蟲王の挑戦 その3

文字数 1,098文字

 彼女はその体勢の儘、呆れた様に僕を見て、具体的な説明をしてくれた。
「何を考えているのだ? 全く……。私の腹に腰掛けて、足の間に背凭(せもた)れを出しておいたから、そこに寄り掛かれ」
 僕は彼女の方に近づくと、スカートの上から彼女の内腿の間に手を当ててみた。確かにアイスバーの棒の様な突起が左右から何本か出ていて組み合わさり、足の間がクッションの利いた背凭れの様になっている。
「そうだった……。マサシ、靴を持ってきてくれ、私の分は玄関に出してあるサンダルがいい。それから……、日差しが強そうだ。箪笥の上の白い帽子も頼む」
 僕は言われた通りのものを取ってきて、彼女の腹に言われた通りに腰掛けた。

「足は私の脇の下の辺りにでも掛けておけばいい。ではいくぞ!」
 彼女がそう言うと、背中の羽根が飛び出した。それは大きく広がって僕ごと彼女の頭から体全体を包みこんでいく。そして彼女が右手を翳すと、彼女の顔の上の開いた部分に三角柱の氷の塊が発生した。この氷の柱は正面からの風避けの役とともに、マジックミラーかプリズムの役目もする様で、僕からだけではなく、仰向けの彼女からも前方が見える仕組みになっている様だった。
(そう言えば、こんな感じで、寝ころびながら、本が読める鏡があったな~)

 彼女の変身が完了すると、僕は前にも味わった体が重くなる感覚を感じた。そして、その直後に、黒いロケット状に姿を変えた彼女は、そのまま窓からベランダを跳び越えて勢いよく大空へと飛び出したのである。
 大空に舞った彼女は、そこで両手を横に大きく開く。それは直ぐさま黒い翼となって、気流を受け止め急上昇が始まった。それは外から見たら、人間大の黒い紙飛行機、あるいは巨大エイ、そんな物に見えるだろう。
「これが、ステルスモード?」
 僕は思わず呟いていた。

 どちらかと言うと、外見はステルスと言うより一時期流行った西洋凧の方に近い。しかし、確かにこれは、前回の飛行よりは随分と効率の良い方法だ。
 翼の生えた悪魔の形体だとしても、結局はオオワシなどの様に気流に乗って飛ぶのだ。ならば、凧の形体になった方が上昇気流を捉えるには遥かに適している。それに、気流を自由に操れるのだから、離陸時に羽ばたく必要なども無い。どこへ行くかは、気流を操って好きな方向に流されていれば良いだけだ。それに、カウチポテト体勢で飛行姿勢が楽な上、昼間飛んでも地上からは糸の切れた洋凧にしか見えず、怪しまれる心配も少ない。

 僕たちの質量は、既に十分に小さくしてあるのだろう。この為、ステルスカイトは軽快に、且つ、かなりの高速で大空を進んでいった。
(しかし……、この急加速は……。うっ)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み