サバト、そして空を行く その4

文字数 1,289文字

 酔っ払っていたので、正直、あまり自信は無いのだが、着陸した場所は「ジェイジェイ」の近く(あくまで地図上での距離だけだが……)にある、翠ヶ丘公園ではないだろうか? その人気(ひとけ)の無い公園に、僕と彼女は二人きりで立っていた。

 地上に降り、初めて僕はチャックの下がった彼女のワンピースの背中から、黒い翼が出ていることに気が付いた。
 それは蝙蝠の羽根の様にも見えるが、もう少し細長い、プテラノドンやケツァルコアトルなど翼竜のそれを思わせるものだった。

(彼女、やっぱり人間じゃないんだ……)

 手首を擦りながら、僕は考える……。
 僕は明らかに、奔放過ぎる彼女に苛立ちを覚えていた。
 僕は彼女を不思議な事を云う、少し変わった人間だと思い込んでいた。そして、その彼女に、人間としての僕の勝手な倫理観を押し付けようとしていたのだ。でも……。
 彼女は、僕と同じ人間ではない。
 彼女の性的な倫理観は、人間のものと違って当然なんだ。と言うより、人間同士がキスすると云うことと、彼女が人間とキスすると云うことは、根本的に違う性質のものなのだ。
 僕ら人間は所詮、耀公主の食糧でしかない。
 人間が動物の肉を口に銜えたからと云って、性的に恥ずかしい何てことはない。それと同じで、彼女が人間とキスしたからと云って、僕が嫉妬して、彼女を非難するのは、全く筋が通らないことなのだ。
 彼女は何も悪くない……。

 僕はその痛痒さに、自分の手首を見た。
 すると、彼女に強く握られたせいだったのか、気が付かない内に、いつの間にか僕の手首には、真っ赤な手の跡が指の一本一本までハッキリと付いていた。
 それを見た彼女は、僕に優しく声を掛けてくれた……。
「悪かった……。あんな形で飛ぶと、脱臼で済めば幸運。普通は骨折する程の力が掛かるものなのだ。一応、体重を減らし、上昇気流も起こしたんだが、矢張り、マサシを落とすんじゃないかと怖くなってな、つい私も、力が入ってしまったのだ……」
 ここで言葉を一旦切り、僕に背を向け、彼女は僕にこう尋ねた。
「マサシ……、やっぱり、止めたくなったか? 私の使い魔……」
 僕はそれにこう答えていた。
「公主、続けさせて頂きますよ。背中のチャック、僕が上げましょう」
 彼女の背中の黒い翼は、腫れが引く様に元の白い皮膚に戻っていた。

 寂しかったが、僕は微笑むしかなかった。そして彼女は、僕が背中のファスナーを閉めている間、遠くの何かを見ている様だった。
「マサシ、キス魔はもう止める。マサシ一人に世話を掛けることになるが、宜しく頼むぞ」

 彼女はそのまま振り向かず、その場に僕を置いたまま、ひとり、憩いの森の急な坂を駆け降り、家路に付いてしまった。
 結局、僕は彼女がどんな表情でそれを口にしたのかを見ることはなかった。そして僕は、暫くその場から動くことは出来なかった。別段、身体を鉛の様に重くされた訳でもなかった筈なのに……。

 翌日、僕は湘南出版社の面々に、昨日の無礼詫びると共に、彼女が反省し、もうキス魔は止めると約束したことを伝えたのだった。
(だけど……)
(なぜだー?)
(異様に、みんなからの風当りが強いぞー)
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