第63話
文字数 2,143文字
「厳選なるくじ引きの結果、来週日曜日の夜勤は富永 さん、桜川 さん、三久路 君の三人に決定しましたーー!」
朝礼終わりに金田さんが大きな声で発表すると、ナースステーションはざわつきました。えーー、嘘でしょう!? 金田さんの陰謀? なんて声も聞こえます。
来週の日曜に行われる東主任と古和 先生の挙式と披露宴に関しては、ご家族だけで執り行われることが決まっています。
その後に病院関係者だけを集めて二次会が開催されることになっており、金田さんが病院側の幹事として動いてくれているのです。
病院という職場柄、全員が参加するというわけにもいかず、病棟スタッフでその日の夜勤者をくじ引きで決めることになったのですが、何十人といる6階病棟スタッフの中で、残念ながら悪運を引き当てたのは日向 さん、裕子 さん、三久路君の姉弟コンビだったようです。
「オッホン!
これは私の陰謀でも何でもありませーーん!
くじ引きの結果は師長さん監督の元でちゃんと見たんだからーー。
ねえ? 中尾師長?」
「そうなの。
不正なしの正真正銘のくじ引き結果です!
富永さん、桜川さん、三久路君、悪いんだけど、来週の日曜、夜勤お願いできる?」
三人は、はい、了解です、わかりました、と少し残念そうに各々返事をしたのでした。
賑やかな話題の後は中尾師長による今日の予定や注意、連絡事項が伝えられ、最後に日課の城山病院の基本理念を唱えようとした時です。
私の名前を呼びながら廊下を奥から駆けてくる悠花ちゃんと菜那ちゃんのただならぬ様子に驚くのと同時に、ナースステーション内に置かれたモニターからピコーンピコーンピコーンと激しいアラーム音が鳴り響きました。
「葉山さんだわ!」
中尾師長がとんちゃん、院長先生に連絡してーー、金田さんは救急カート運んでーー、桜川さん寛人くんの学校に連絡ーーなどと指示をしていく中、日向さんは真っ先にナースステーションを飛び出して行きましたーー。
「院長、代わりますーー」
日向さんは声をかけると真弓さんの体の上にまたがって心臓マッサージをしている院長と素早く交代し、同じ速度でマッサージを続けます。
汗だくになった政光 さんに東主任がそっとタオルを渡しながら小声でつぶやきます。
「院長、私と富永さんがしばらく交代でやりますので、少し水分とってきてください」
「私は大丈夫だよ」
そういう政光さんの顔色は先ほどより青白く見えます。
ベッド脇には連絡を受けて駆けつけた寛人 くんと、真弓さんの妹、敦子さんの二人が息を詰めるように座っています。
「寛人、もう充分よね?」
寛人くんの体を横から抱えるようにしていた敦子さんが静かに言いました。
黙ったままじっと真弓さんを見つめている寛人くんは次々溢れる涙を手で拭いながら首を激しく振ります。
「もうーー、止めてくださいーー。
姉を、静かに逝かせてあげてくださいーー」
「でもーーーー」
日向さんは荒い息をしながらなおもマッサージを続けます。
「寛人くんーー、いいんだね?」
政光さんの問いかけに静かに頷くと、寛人くんは、おかあさーーん、おかあさーーん、と何度も呼びながら小さな子どものように大きな声で泣きました。
敦子さんが寛人くんをしっかり抱きしめます。
合図でマッサージを止めた日向さんがベッドを降りると、すぐに東主任が真弓さんの体やベッドを整え、その場で院長による死亡確認が行われました。
『寛人ーー、ごめんねーー。
私の子どもとして生まれてきてくれてありがとうーーーー』
ソウルになった真弓さんが寛人くんと敦子さんの両方を抱きしめました。
『敦子、寛人のことお願いーー』
『ねえねえーー、お兄ちゃん、そんなに泣かないでーー。
悠花まで悲しくなっちゃうよーー』
そばで成り行きを見ていた悠花ちゃんと菜那ちゃんでしたが、悠花ちゃんは寛人くんの隣に座って何度も寛人くんの背中をさすり続けます。
『ありがとうーー、悠花ちゃんーー』
その時です。
それまで私の腕をしっかり握っていた菜那ちゃんの力がふっと抜けたかと思うと、いつの間にか真弓さんの手をしっかりと握っています。
『なつさん、菜那、真弓さんと一緒に行くの。
悠花は?』
『ーー悠花はーーー。
なつさんとまだここにいたいーー』
寛人くんの隣に座っていた悠花ちゃんは菜那ちゃんの言葉に驚いたようでした。
私のそばまで走り寄ると、真弓さんの手を握りしめている菜那ちゃんに向かって言いました。
『菜那ーー!
嫌だーー、どうして行っちゃうの!?
悠花となつさんとここで一緒にいようよ!』
悠花ちゃんはポロポロと涙を流しながら菜那ちゃんに向かって話します。
真弓さんは黙って見ているだけで何も言いません。
『ごめんーー、悠花ーー。
でも、菜那、行かなきゃいけないの。
真弓さんと一緒に行かなくちゃいけないの』
菜那ちゃんはそう言うと、真弓さんの手をしっかり握りしめると、何度もバイバイをするように手を振りました。
真弓さんは深々と病室の皆にお辞儀をするとやがて二人の姿は見えなくなってしまいましたーー。
『嫌だーーーー!
菜那ーー! 菜那ーーーー!!』
寛人くんと悠花ちゃんの泣き声が静かな病室に響きます。
私は胸が締め付けられるような気がしてしっかりと悠花ちゃんを抱きしめました。
朝礼終わりに金田さんが大きな声で発表すると、ナースステーションはざわつきました。えーー、嘘でしょう!? 金田さんの陰謀? なんて声も聞こえます。
来週の日曜に行われる東主任と
その後に病院関係者だけを集めて二次会が開催されることになっており、金田さんが病院側の幹事として動いてくれているのです。
病院という職場柄、全員が参加するというわけにもいかず、病棟スタッフでその日の夜勤者をくじ引きで決めることになったのですが、何十人といる6階病棟スタッフの中で、残念ながら悪運を引き当てたのは
「オッホン!
これは私の陰謀でも何でもありませーーん!
くじ引きの結果は師長さん監督の元でちゃんと見たんだからーー。
ねえ? 中尾師長?」
「そうなの。
不正なしの正真正銘のくじ引き結果です!
富永さん、桜川さん、三久路君、悪いんだけど、来週の日曜、夜勤お願いできる?」
三人は、はい、了解です、わかりました、と少し残念そうに各々返事をしたのでした。
賑やかな話題の後は中尾師長による今日の予定や注意、連絡事項が伝えられ、最後に日課の城山病院の基本理念を唱えようとした時です。
私の名前を呼びながら廊下を奥から駆けてくる悠花ちゃんと菜那ちゃんのただならぬ様子に驚くのと同時に、ナースステーション内に置かれたモニターからピコーンピコーンピコーンと激しいアラーム音が鳴り響きました。
「葉山さんだわ!」
中尾師長がとんちゃん、院長先生に連絡してーー、金田さんは救急カート運んでーー、桜川さん寛人くんの学校に連絡ーーなどと指示をしていく中、日向さんは真っ先にナースステーションを飛び出して行きましたーー。
「院長、代わりますーー」
日向さんは声をかけると真弓さんの体の上にまたがって心臓マッサージをしている院長と素早く交代し、同じ速度でマッサージを続けます。
汗だくになった
「院長、私と富永さんがしばらく交代でやりますので、少し水分とってきてください」
「私は大丈夫だよ」
そういう政光さんの顔色は先ほどより青白く見えます。
ベッド脇には連絡を受けて駆けつけた
「寛人、もう充分よね?」
寛人くんの体を横から抱えるようにしていた敦子さんが静かに言いました。
黙ったままじっと真弓さんを見つめている寛人くんは次々溢れる涙を手で拭いながら首を激しく振ります。
「もうーー、止めてくださいーー。
姉を、静かに逝かせてあげてくださいーー」
「でもーーーー」
日向さんは荒い息をしながらなおもマッサージを続けます。
「寛人くんーー、いいんだね?」
政光さんの問いかけに静かに頷くと、寛人くんは、おかあさーーん、おかあさーーん、と何度も呼びながら小さな子どものように大きな声で泣きました。
敦子さんが寛人くんをしっかり抱きしめます。
合図でマッサージを止めた日向さんがベッドを降りると、すぐに東主任が真弓さんの体やベッドを整え、その場で院長による死亡確認が行われました。
『寛人ーー、ごめんねーー。
私の子どもとして生まれてきてくれてありがとうーーーー』
ソウルになった真弓さんが寛人くんと敦子さんの両方を抱きしめました。
『敦子、寛人のことお願いーー』
『ねえねえーー、お兄ちゃん、そんなに泣かないでーー。
悠花まで悲しくなっちゃうよーー』
そばで成り行きを見ていた悠花ちゃんと菜那ちゃんでしたが、悠花ちゃんは寛人くんの隣に座って何度も寛人くんの背中をさすり続けます。
『ありがとうーー、悠花ちゃんーー』
その時です。
それまで私の腕をしっかり握っていた菜那ちゃんの力がふっと抜けたかと思うと、いつの間にか真弓さんの手をしっかりと握っています。
『なつさん、菜那、真弓さんと一緒に行くの。
悠花は?』
『ーー悠花はーーー。
なつさんとまだここにいたいーー』
寛人くんの隣に座っていた悠花ちゃんは菜那ちゃんの言葉に驚いたようでした。
私のそばまで走り寄ると、真弓さんの手を握りしめている菜那ちゃんに向かって言いました。
『菜那ーー!
嫌だーー、どうして行っちゃうの!?
悠花となつさんとここで一緒にいようよ!』
悠花ちゃんはポロポロと涙を流しながら菜那ちゃんに向かって話します。
真弓さんは黙って見ているだけで何も言いません。
『ごめんーー、悠花ーー。
でも、菜那、行かなきゃいけないの。
真弓さんと一緒に行かなくちゃいけないの』
菜那ちゃんはそう言うと、真弓さんの手をしっかり握りしめると、何度もバイバイをするように手を振りました。
真弓さんは深々と病室の皆にお辞儀をするとやがて二人の姿は見えなくなってしまいましたーー。
『嫌だーーーー!
菜那ーー! 菜那ーーーー!!』
寛人くんと悠花ちゃんの泣き声が静かな病室に響きます。
私は胸が締め付けられるような気がしてしっかりと悠花ちゃんを抱きしめました。