第7話

文字数 2,937文字

 
 それから、手の空いてるスタッフで病棟内の大捜索が始まりました。
 各病室やトイレの中、シーツなどを置いている倉庫部屋などを手分けして探していきます。
 中尾師長はすぐさま、各階の師長や一階の総合受付、警備員さんに、山下さんの風貌を説明し、探してもらうようお願いをしました。
 そして自らも病棟内を必死に探しています。         
 しかし今のところ、山下さんの姿はどこにもありません。

 そんな病棟中がバタバタとしている時に、エレベーターから降りてきたのはどうやら恵さんの旦那様のようです。
 恵さんの旦那様は、病棟スタッフがバタバタしていることにすぐ気がつくと、廊下を小走りに歩いてくる中尾師長に声をかけました。

「あのーー、何かあったんですか?」

「あっ、立川さん、お呼び立てしてすいません。
奥様のことで少し、お話しがあるんですが、ちょっとーー、今、立て込んでおりまして。申し訳ありませんが、ナースステーション奥の面談室で少しお待ちいただけますか? 
あの、奥様には内緒でーー」

「ーーわかりました」

 中尾師長は引き続き捜索に入ろうとしましたが、立ち止まってふと振り返りました。

「ちなみに立川さん、奥様と同室の山下さんご存知ですか?」

「ええ、関西弁で歩行器使っておられる可愛いおばあさんですよね」

「そうです、そうです。山下さん、見てないですよね?」

「それが、山下さんによく似た人を見たんです。
私、駅からここまでバスに乗ってきたんですが、病院手前のバス停近くの歩道を歩行器を押したおばあさんが歩いてて。
山下さんによく似てたし、歩行器押しながら一人で歩いていたので、気にはなったんですが、まさか山下さんが一人で病院の外に出てるはずーー」

そこまで言ったところで、中尾師長が病棟内に響き渡る声を出しました。

「ミクロ!!」

「はい! 603です!」
 
 ミクロ君が603号室から顔を出しました。

「エレベーター前! 秒!」

「はい!!」
 
 廊下の向こうから全力で駆けてくるミクロ君は、現役アスリートのようです。
 いつも廊下は走らないと言われていますが、今回ばかりは例外です。
 病室から何事かと顔を出す患者さんも見られます。

「山下さん、コンビニ方面! すぐ追いかけて!」

「はい!!」
 
 返事と同時にエレベーター横の扉を開けて階段を駆け下りていくミクロ君の足音が病棟に響きます。
 続いて中尾師長は首から下げた電話で東主任に連絡を取っているようです。

「あっ、とんちゃん、私。
山下さんどうやら病院出てコンビニ方面向かって歩いて行ってるらしいの。
立川さんの旦那さんが例の件で来て下さってて、来る途中、病院からコンビニの間歩いてるとこ目撃したらしくてーー。
うん、そうそうーー。
今ミクロ君ダッシュで行かせたんだけど、とんちゃんも後追ってくれる?」
 
 中尾師長の話の途中で、廊下の奥の階段を駆け下りる音が響きました。

 菊栄さん、何事もなく無事に見つかりますようにーー。



 中尾師長が、恵さんのブレスレット が失くなってしまったこと、恵さんが、来週の手術を受けないと言い出したことなどを話すと、立川さんはとても驚かれた様子でした。

「今手の空いているスタッフで引き続き探しているところです。
でも恵さん、すっかり落ち込んでしまわれてーー。
来週の手術は受けない、手術を受けないんだから検査も必要ないってーー。
今日受けるはずだった午後からの検査も受けないって」

「恵がそんなわがままをーー。
申し訳ありません。
私が今から行ってよく言い聞かせますので」

「いえ、恵さんは自分勝手なわがままでそんなことを言う人じゃないことはスタッフ皆わかっています。
同部屋の山下さんのことを普段一番気にかけてくれてるの恵さんなんですよ。
先程も山下さんがいなくなったのは自分のせいじゃないかって。
いつものように私がもっと気にかけてれば、こんなことにならなかったのにーーって」

「ーーそうですか」

「立川さん、恵さんのあのブレスレット 、何か特別な想いのこもった物なんでしょうか? 何かご存知なのでしたら教えていただきたいんです。
それじゃないと、私どもも恵さんが安心して手術を受けるサポートが出来ないと考えています」
 
 恵さんの旦那様は、しばらく下を向いて考えるように黙っていましたが、顔を上げると話始めました。

「恵と僕は高校の同級生でしたーー」


 恵には浜辺愛さんという親友がいて、恵も浜辺さんも私も演劇部に所属していました。
 全国大会にも度々出場する程の熱心なクラブで、私は3年の時に部長を務めていました。
 
 その年のコンクールに出す高校最後の演目のキャスティングをオーデションで決めることになり、僕は主役を勝ち取りました。
 オーデションといっても立候補した者が、部員の前で決められたシーンを演じ、部員が投票するという簡単なものでしたが、青春時代真っ只中の私たちには、人生を左右するほどの大きなイベントに思えました。

 主役の相手役は出番も多く、演技力も求められる重要な役どころです。
 実力からすると、恵か浜辺さんがその役を演じるのが妥当だというのがほとんどの部員の気持ちだったと思います。
 オーデションには当初3人が応募していて、その中に浜辺さんもいましたが、なぜか恵は応募していませんでした。

 私は部長として、恵にオーディションに応募するべきだと何度か忠告したのですが、恵は悲しそうな顔をするだけで、何も言いませんでした。きっと、親友の浜辺さんと争うことが嫌だったのでしょう。
 ところが、オーディション当日、恵がオーディションを受けると言い出して、結果、数票差で恵が相手役に選ばれました。
 それからしばらくして、浜辺さんは演劇部に顔を出さなくなり、最後のコンクールにも参加しませんでした。

 コンクールは全国大会には一歩及びませんでしたが、地方大会で3位入賞という記録を残すことができました。
 私にとって高校時代一番輝いた思い出です。
 その大会が終わった直後、私は恵に告白し、付き合い始めました。
 それから大学、就職と、お互い色々ありましたが、一度も別れることなく結婚し、今も私にとって恵はなくてはならない存在です。

 恵と浜辺さんは、そのことがあってからお互い別々の行動をとるようになり、浜辺さんは大学も私と恵とは離れたところに進学したようでした。
 その後のことは詳しくは聞いていませんが、同級生から離婚して地元に戻ってきているという話は聞いています。

 恵と浜辺さんが親友だった頃、2人でしていたのがお揃いのあのブレスレット でした。
 昔ですから学校で身につけることは校則で禁止されていたんですが、授業が終わると、演劇部の練習前に、2人で楽しそうに制服のポケットからお揃いのブレスレットを出し、お互いの腕にはめあいっこしていた姿をよく見かけました。

 恵にとってあのブレスレットは友情の証なんだと思います。
 ちょっとした(いさか)いが元で親友とうまくいかなくなった恵ですが、きっと今でも浜辺さんのことは大切に想っているはずです。でないとあんなに大事にするわけないと思います。
 何度も糸が切れたりしたんですが、その都度修理したり補強したりしてずっと身につけていますから。
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