第43話

文字数 1,165文字

「失礼するよ。
秀子さん、具合どうだい?
痛みがひどいようなら看護師さんに薬持ってきてもらうよう言うよ」

 政光さん、いえ、城山院長が森本さんの主治医なんですね。
 外来では院長が新しい患者を取ることはなく、以前から担当している患者を診るばかりです。森本さんも、もう長い間、城山院長に診てもらっているのでしょう。

「さっきまで腰が痛くて今晩寝られるかどうか心配だったんですけど、今、城山先生の顔を見たら、なんだかほっとして痛みも和らいだような気がしますよ」

「そうかい。
そりゃ良かった。
けど、痛みなんて我慢しても何ひとついいことないからね。
あとで、痛み止めの薬を看護師さんに持ってきてもらうよう頼んでおくよ」

「ありがとうございます」

「それでーー、秀子さん。
昨日入院の時にお話しした件だけどーー。
少しでも長く生きられる可能性あるんだから、治療受けてみないかな?
もちろん、これからも私が主治医として関わっていーー」

「もう決めたんですよ。
城山先生ーー。
ありがとうございます。
私のことを真剣に考えてくれる人が、まだこの世にいるんだってわかっただけで、私、充分幸せです。
もう85ですよ。
充分生きました。
ただーー、ただ一つだけ心残りがあると言えばーーーー」

「何だい?」

「ーーーー。
いいえ、大丈夫です。
先生、私、ここで先生にちゃんと検査してもらって、その検査結果もって、瀧川病院に移らせてもらいます。
それまでどうぞよろしくお願いしますね」

 城山院長はまだ、何か言いたげでしたが、これ以上言っても仕方ないと思ったのでしょう。静かに頷くと、森本さんの病室を後にしたのでした。



「まあちゃん、まだいたのかーー」

「院長こそ。
あっ、森本さんですか?」

「ああ。
悪いんだけど、痛み止めが効かなくなってきてるみたいだから、頓用持っていってあげてくれるかな」

「わかりました。
治療の件どうでした?」

「うーーん。
意思は固いみたいだね。
これからどんどん痛みが強くなっていくはずだから、治療しないなら出来るだけ早く瀧川病院に移ってもらった方がいいと思う。
秀子さんの状態からして一日に何回もの検査は負担が大きいから無理だろうけど、少なくとも来月までには転院させてあげたい」

 瀧川病院は緩和ケア専門病院で、今はホスピスとも呼ばれることが多いですね。
 以前、古和(こわ)先生の生き別れたお母様が最期を迎えたのも瀧川病院でした。
 瀧川病院は患者さんが、残された時間を出来るだけ穏やかな状態で過ごすことができるよう、苦痛を伴う治療や検査はしません。そのため、転院する患者の状態をここ、城山病院で確実に把握し、お知らせしなくてはなりません。
 
「ーーそうですかーー。
わかりました。
なんとか隙間に検査入れてもらって出来るだけ早く検査結果出るよう調整してみます」

「悪いね。
僕からも中央検査室に連絡入れておくよ」
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