第6話

文字数 2,191文字

 
 山口君とはそうですね、五、六年のお付き合いでしょうか。
 10代後半くらいの年齢で、確か交通事故でこの病院に運ばれてきたのですが、残念ながら肉体は死を迎えてしまいました。
 
 魂だけになってしまった山口君は、始めは戸惑っていましたが、なぜ自分がここに残っているのかを考えながら日々を過ごしているようです。
 そんな山口君は、恵さんが入院してきてから615号室にいることが多くなりました。
 何か感じるものがあるのでしょう。
 もしかしたら恵さんに、母親の面影を感じているのかもしれません。


 立川さんのブレスレットの件が気になった私は、最近615号室で過ごすことが多い彼なら何か知っているのかもしれないと思い、彼を探すことにしました。

 病棟を一回りしたところで、談話室の片隅で、東主任が古和(こわ)先生と何やら深刻そうな顔で話しているのを見かけました。

「今晩何時に終わる?」

「んーー。頑張って8時には終わらせる」

「やったーー! 
じゃあ、さとりんの大好きなオムライスとアスパラのベーコン炒めと大根サラダ作って待ってる」

「いいね。それじゃあ、なるべく早く片付ける」
 
 誤解のないように説明すると、「やったーー」の部分を話したのが古和先生です。
 彼は男性で、40代半ば。東主任より小柄で、お腹のあたりがふっくらしていて全体的にたぬきっぽい印象です。
 なかなかのオシャレさんで、定期的にイメージがガラッと変わります。
 今は人気テレビドラマの中で売れっ子俳優が演じている型破りな刑事をイメージしているそうです。
 短髪の髪をツンツンに立たせて、白衣から覗くシャツはアロハ柄です。髪型から白衣の中の服装からドラマシーズン中は古和先生のというか、東主任のお気に入りキャラクターになり切るわけです。要は愛ですね。
 前回東主任がハマった辺境地で働く素朴な医師が主人公のドラマの時は、ボサボサ頭にヨレヨレ白衣で病棟にやってきて、ナースから大ブーイングを受けていたこともありました。
 
 そんな少し、いえ、だいぶ変わり者の古和先生ですが、ここ城山病院の中堅医師として病棟では信頼されています。
 そして会話から推測する通り、二人はお付き合いしています。
 竹を割ったようなさっぱりした性格の東主任と細かいことが気になり、くよくよ考えてしまう古和先生の二人は性格は反対ですが相性は良いようです。
 
 深刻そうな顔で仕事の話をしているようにカムフラージュしていますが、話している内容はアツアツカップル、少し表現が古いですね、ラブラブっていう感じです。
 院内恋愛は禁止ではありませんが、噂話が立つと何かと仕事がやりづらいということで、二人が付き合っていることは秘密にしているようです。
 あと、私、古和先生には少し親近感があるんですよーー。
 
 あっ、ナースステーションの中から裕子さんが顔を出しました。

「古和先生、ちょっといいですか? 
630の松川さんが検査結果のことでちょっと聞きたいことがあるそうです。
お時間ある時に来てほしいって伝言頼まれました」

「おーー、わかった。
今忙しいから少ししたら行く」
 
 古和先生が時計を見て少し偉そうに顔をしかめながら返事をしました。素顔を見せるのは、どうやら東主任にだけのようですね。
 古和先生は、東主任にだけ見えるように下手クソなウィンクをして談話室を出て行こうとしたので、私は少しいたずらをしたくなりました。
 先生が私の横を通り過ぎる時、先生の肩に私の手をそっと触れると、先生はブルブルブルッと体を震わせました。
 いけないいけないと思いながら、古和先生を見るとついつい、いたずらしてしまうんですよね。

 先生は私の姿は見えなくても、存在は感じてくれるものですからーー。

 
 その時、廊下の向こうから三久路(みくろ)君が大きな声で話しながらこちらに近づいてきました。

「しゅ、主任、615の山下さん、見ませんでした?」

「見てないけど、どうしたの?」

「山下さん、CT検査入ってて今呼ばれたんで、病室まで行ったんですけど、いなくてーー」

「今日、615の担当、富永さんでしょ?」

「はい、富永さん、立川さんの件でずっとバタバタしてるので、僕が代わりに連れていこうとーー」

「富永さんに確認した? 彼女が連れて行ってるんじゃないの?」

「いえ、富永さんも知らないってーー。
同室の町田さんと高山さんにも聞いたんですけど、朝から3人で談話室でお茶した後、3人とも病室に戻ったらしいんです。
お昼食べて山下さん、疲れたから少し横になるって言ってすぐに寝息たててたらしくて。それで、昼寝したんだろうって思ってたらしいんですけど」
 
 三久路君は今にも泣き出しそうな顔で、ポケットからハンカチを出し、顔中の汗を拭き拭き言いました。

「とりあえず病棟内探してみなきゃ。
また間違えて他の病室に行ってしまってるかもしれないし」

「はい。
それとーー、あのーー主任、山下さんのベッドの上にきちんと畳んだパジャマが置いてあるんです」

「何ですって! それを先に言いなさいよ! 
私服に着替えて病院の外に出たんだとしたら大変!!」

「す、すいません」

「ミクロ! 
すぐ師長に報告して指示を仰いで! 
私は手の空いてる病棟スタッフ捕まえて病棟内探してみる!」

「はい!」
 
 大変なことになりました。
 立川さんのことも心配ですが、今はまず菊栄さんを無事に見つけることが先決です。
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