第34話

文字数 1,599文字

 三久路(みくろ)君の様子を見に行くように言われた日向(ひな)さんと裕子(ゆうこ)さんでしたが、日向さんの仕事が遅くなったので、裕子さんが先に買い物を済ませて病院の寮の前で日向さんを待っていた、あの時の話ですよね。


「あの、白河さんーーー」

「何?」

「白河さんって彼女いるんですか?」

「え? いきなりだね」

「ごめんなさい。
あのーー、こんなこと聞いて申し訳ないんですけど、私じゃなーー」

「いないよ。
彼女も彼氏も」

「わーー、そうなんですね。
良かったーー。
あの、それで、良かったら今度日向と遊園地行こうって言ってるんですけど、白河さんも一緒にどうかなあと思ってーー」

「遊園地かーー。
長いこと行ってないなあ」          

「いや、遊園地じゃなくてもいいんですけど。
映画でもいーー」

「三久路君も、どうかな」

「えっ!?」

「三久路君の体調良くなったら彼も誘って皆で行くってのはどうかな?」

「ーーーー。
あーー、はい。」

「それじゃ、お疲れ様」

 そう言って白河さんは駐車場へと歩いて行ったのでしたね、裕子さん。


「ユッコ、何で白河さんとのこと言ってくれなかったの?」

「あーー、うん。
あの時ほら、ミクロのことでそれどころじゃなかったじゃん」

「うん、まあそうだけどーー」

「私、売店寄ってくから日向、先に病棟上がっててーー」

 そう言うと、裕子さんは日向さんとエレベーター前で別れて一人売店へと向かいました。
 食堂で白河さんからの誘いを受けた日向さんは何だか嬉しそうなのに対して、裕子さんは逆に顔をしかめながら何かブツブツと独り言を言っているようです。
 聞こえるように近づくと、まずいまずい、どうしよう、嫌な予感がする、私こういう勘って当たるんだよなーー、などと絶え間なく言葉を発する裕子さん。
 私も同じ気持ちです。

 

 6階のナースステーションに戻ると、三久路君は電子カルテを見ながら自分のメモに何やら懸命に書き込んでいます。

「三久路君、三山さんとこの午後のバイタル一緒に行くから準備出来たら声かけてね」
 
 日向さんはそう言うと、フフフンと鼻歌を歌いながらナースステーション奥の点滴台で担当患者の午後からの点滴に薬剤を注入していきます。

「はい!」と返事をした三久路君はしばらくパソコンに向かっていましたが、日向さんが点滴準備を終えた時を見計らって聴診器や血圧計などの物品を載せたカートを押しながらお願いします、と声をかけてきました。


「失礼します」コンコンと扉をノックしながら声をかけると、中から、はいどうぞと、女の人の声が聞こえました。
 日向さんに促されて三久路君から先に622号室に入ります。
 622号室三山浩一さんの妻、洋子さんがいつもお世話になります、と頭を下げました。

「お兄ちゃん貸ーしーてー。
祐樹もやりたいーー」

「ダメーー。
祐樹すぐ失敗するから。」

 あらあら、ちびっ子が2人いるだけで病室はこんなに賑やかになるんですね。

「あっ、ミクロマンのお兄ちゃんだ」

「こらっ、祐樹、三久路さんでしょ?」

「いえ、いいんです。
三山さん、賑やかでいいですね。
和樹君、祐樹君、こんにちは」

 ゲームから顔を上げないまま、こんにちはと言ったのが兄で小学3年生の和樹君、こにゃにゃちわーーと跳ねながら三久路君の足にまとわりついてきたのが、弟で4歳の祐樹君です。

「こらーー、祐樹。
こんにちはでしょ?」
 
 祐樹君は洋子さんを無視して三久路君に話しかけます。

「ミクロマン、見て見てーー」
 
 祐樹君は小さなリュックから真っ赤なポンポンを取り出したかと思うと、両手に持ち、歌いながら楽しそうに踊り出しました。

「わーー、上手だね」
 
 日向さんもすごーい、と手をたたいて応援しています。


 
 最近この部屋にいて、いつも浩一さんを見守っているソウルの芳子さんも一緒に手をたたきました。
 日向さんにしか見えていないのですが、日向さんはこちらを見て微笑んでくれています。

『可愛いね、お上手よ』




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