第47話
文字数 1,674文字
「失礼します」
623号室に入ると、森本さんはベッドに座っています。
「桜川 さん、お熱は36度7分でしたよ」
森本さんの優しい声が裕子 さんを包みました。
「いつもありがとうございます。
助かります」
裕子さんは手際良く森本さんの血圧や脈拍を測っていきます。
一通りの測定や処置を終えると、裕子さんは森本さんを見つめて何か言いたそうなそぶりです。
「なあに?
いくらおばあさんでも可愛い桜川さんにそんなにじっと見つめられると恥ずかしいですよーー」
それでもまだ迷っている様子の裕子さんでしたが、意を決したように顔を上げました。
「ごめんなさい。
あのーー、こんなこと私が言うべきじゃないって
わかってるんですけどーー。
それでも私、どうしても森本さんに少しでも長生きしてほしくてーー。
あのーー、うちの病院で院長先生が勧める化学療法受けてもらえませんか?」
そこまで言うと裕子さんはポロポロと涙を流しました。
「森本さんって私の祖母に似てるんです。
似てるって言ってもそのーー雰囲気がーー。
ふわっと周りを包み込むような優しい話し方とか、自分の信念をしっかり持った生き方とかーー。
私、小さい頃に母親を亡くしてるんですけど、それからずっと祖母が育ててくれてーー。
大好きな祖母でした。
でもうちの家、母親が亡くなってから家族関係があまりうまくいってなくて、私、大きくなるにつれて家にいるのが嫌になっていったんです。
祖母が病気になって入院してからも私、あまり会いに行かなくてーー。
そんなに病状も悪いなんて知らなくてーー」
裕子さんは次々と溢れる涙を手で拭 いながら話し続けます。
森本さんはベッド脇にある棚の引き出しから赤いハンカチを取り出すと裕子さんにそっと渡しました。
『えっーー。
そんなはずーーーー』
側にいた津川さんが呟 きました。
『どうかしたの?』
津川さんは私と同じソウルさんです。
以前、翔太くんという小さな男の子が泣いているのを見つけて放っておけず、私のところまで連れてきてくれたことがありました。
森本さんが入院してきてからは、ほとんどこの病室にいるので、生前、何かしら森本さんとご縁があったのだろうと思っていましたが、詳しいことは分かりません。
私たちはお互いのことを深く詮索 したりしませんのでーー。
ソウルの姿でこの世にいるということは、皆、他人には言えないそれぞれの想いがあるということですからーー。
『いやーー、なんでもないです。
きっと僕の気のせいですーー』
赤いハンカチで涙を拭いている裕子さんをベッドに連れてくると、森本さんは二人で静かに座りました。
そして、並んで座った裕子さんの背中を優しくさすりながらじっと話を聞いていた森本さんは、裕子さんが話終わると、ゆっくりと話しだしました。
「桜川さんのおばあさまはね、きっとあなたの気持ち分かってたはずよ。
長い間一緒に暮らしたおばあさまですもの。
どんな時でも裕子さんのことを大事に思っていたはずーー。
それまで一緒に過ごした時間がおばあさまにとっては、とても楽しい時間だったの。
その時間があったからおばあさまはきっと最後まで裕子さんに感謝していたはずよ」
森本さんのふんわりとした優しい気持ちが裕子さんを包み込んだ時、裕子さんの胸ポケットの電話が鳴りました。
「あらあら、忙しい時にごめんなさいね」
「いえーー。
こちらこそこんなこと聞いてもらってーー。
あの、ハンカチ洗って返します」
裕子さんは先程、森本さんから渡された赤地に白の華やかな花柄模様のハンカチを目の前にかざしました。
『やっぱりーー。
あのハンカチまだ持っててくれたんだーー』
あらあら、今度は津川さんが涙の洪水です。
「そのハンカチ、桜川さんに差し上げます。
私のとても大事な人からプレゼントされた物なんですよ」
「えっ、そんな大切なものもらえません」
「いいのーー。
桜川さんにもらってほしいの。
私にはもうすぐ必要なくなってしまう物だもの。
これから先もあの人の優しい気持ちを引き継いで使ってもらった方が、嬉しいもの」
裕子さんはしっかりと頷くと、病室を後にしました。
623号室に入ると、森本さんはベッドに座っています。
「
森本さんの優しい声が
「いつもありがとうございます。
助かります」
裕子さんは手際良く森本さんの血圧や脈拍を測っていきます。
一通りの測定や処置を終えると、裕子さんは森本さんを見つめて何か言いたそうなそぶりです。
「なあに?
いくらおばあさんでも可愛い桜川さんにそんなにじっと見つめられると恥ずかしいですよーー」
それでもまだ迷っている様子の裕子さんでしたが、意を決したように顔を上げました。
「ごめんなさい。
あのーー、こんなこと私が言うべきじゃないって
わかってるんですけどーー。
それでも私、どうしても森本さんに少しでも長生きしてほしくてーー。
あのーー、うちの病院で院長先生が勧める化学療法受けてもらえませんか?」
そこまで言うと裕子さんはポロポロと涙を流しました。
「森本さんって私の祖母に似てるんです。
似てるって言ってもそのーー雰囲気がーー。
ふわっと周りを包み込むような優しい話し方とか、自分の信念をしっかり持った生き方とかーー。
私、小さい頃に母親を亡くしてるんですけど、それからずっと祖母が育ててくれてーー。
大好きな祖母でした。
でもうちの家、母親が亡くなってから家族関係があまりうまくいってなくて、私、大きくなるにつれて家にいるのが嫌になっていったんです。
祖母が病気になって入院してからも私、あまり会いに行かなくてーー。
そんなに病状も悪いなんて知らなくてーー」
裕子さんは次々と溢れる涙を手で
森本さんはベッド脇にある棚の引き出しから赤いハンカチを取り出すと裕子さんにそっと渡しました。
『えっーー。
そんなはずーーーー』
側にいた津川さんが
『どうかしたの?』
津川さんは私と同じソウルさんです。
以前、翔太くんという小さな男の子が泣いているのを見つけて放っておけず、私のところまで連れてきてくれたことがありました。
森本さんが入院してきてからは、ほとんどこの病室にいるので、生前、何かしら森本さんとご縁があったのだろうと思っていましたが、詳しいことは分かりません。
私たちはお互いのことを深く
ソウルの姿でこの世にいるということは、皆、他人には言えないそれぞれの想いがあるということですからーー。
『いやーー、なんでもないです。
きっと僕の気のせいですーー』
赤いハンカチで涙を拭いている裕子さんをベッドに連れてくると、森本さんは二人で静かに座りました。
そして、並んで座った裕子さんの背中を優しくさすりながらじっと話を聞いていた森本さんは、裕子さんが話終わると、ゆっくりと話しだしました。
「桜川さんのおばあさまはね、きっとあなたの気持ち分かってたはずよ。
長い間一緒に暮らしたおばあさまですもの。
どんな時でも裕子さんのことを大事に思っていたはずーー。
それまで一緒に過ごした時間がおばあさまにとっては、とても楽しい時間だったの。
その時間があったからおばあさまはきっと最後まで裕子さんに感謝していたはずよ」
森本さんのふんわりとした優しい気持ちが裕子さんを包み込んだ時、裕子さんの胸ポケットの電話が鳴りました。
「あらあら、忙しい時にごめんなさいね」
「いえーー。
こちらこそこんなこと聞いてもらってーー。
あの、ハンカチ洗って返します」
裕子さんは先程、森本さんから渡された赤地に白の華やかな花柄模様のハンカチを目の前にかざしました。
『やっぱりーー。
あのハンカチまだ持っててくれたんだーー』
あらあら、今度は津川さんが涙の洪水です。
「そのハンカチ、桜川さんに差し上げます。
私のとても大事な人からプレゼントされた物なんですよ」
「えっ、そんな大切なものもらえません」
「いいのーー。
桜川さんにもらってほしいの。
私にはもうすぐ必要なくなってしまう物だもの。
これから先もあの人の優しい気持ちを引き継いで使ってもらった方が、嬉しいもの」
裕子さんはしっかりと頷くと、病室を後にしました。