第55話

文字数 1,181文字

「父が大変お世話になりました
今日は突然お休みもらってすみません」

 裕子(ゆうこ)さんがナースステーションの入り口でスタッフに声をかけています。

「皆さん、色々とありがとうございました」

 裕子さんの後ろで頭を下げているのは父親の和夫さんです。
 当初の芽留(める)副院長の診立て通り、和夫さんは3週間程で退院することが出来ました。

「桜川さん、栄養士の先生から食事指導を受けてくれたと思いますけど、またわからないことがあれば、いつでも聞きに来てくださいね。
まあその都度、娘さんに聞いてもらってもいいですけどーー」

 中尾師長が裕子さんを見て笑いながら言いました。

「中尾師長、私、実家に戻ることにしました。
父がちゃんとした食生活するように見張ってないとーー。
またビールも飲んじゃいますし!」

 裕子さんも笑いながら答えます。

「そうなのーー。
それは良かったわ」

「兄はーー、まだ部屋にこもったままですけど、父と二人で少しづつできることをやっていこうと思ってます。
また色々と相談にのってもらえたら嬉しいです」

 そう言うと、裕子さんとお父様は揃って頭を下げました。

「もちろん!
私にできることがあれば遠慮なく言ってーー。
地域包括の西沢さんにも話は通してあるしーー」

「ありがとうございます」

「あっ、間に合ったーー」

 廊下の向こうから小走りにかけてくるのは日向(ひな)さん三久路(みくろ)君の師弟コンビです。

「ユッコのお父さん、どうぞお身体気をつけてーー」

 そう言うとでこぼこ師弟コンビは揃って深く頭を下げました。

「ありがとうございます。
裕子は幸せ者です。
こんな素敵な皆さんに囲まれてお仕事させてもらってるんですね」

 今日は皆が素敵な笑顔で笑っています。
 こんな日があってもいいですよね?
 日向さん。


 裕子さんたちが帰っていったあと、中尾師長がおもむろにポケットから可愛いイチゴ模様の袋を取り出しました。

「芽留副院長、これ良かったら使ってください」

「えっ‥‥。
なんですか?」

「この前なかなか手に入らないパンなんとかっていうキャクターグッズのくれたでしょう?
あのお返しです。
同じキャラクターの別の文房具見つけたので、お好きかなあと思って。
良かったら使ってください」

 そう言うと、中尾師長は袋を芽留副院長の胸元に押し付けると、少し照れくさそうに医事課行ってきます、とエレベーターを待たずに音を立てて階段を駆け降りていきました。
 残された芽留副院長はと言うと、真っ赤な顔をしてイチゴ模様の袋を開けています。
 側で一部始終を見ていた城山病院のワイドショー担当部長、金谷さんが突然大声で笑いました。

「中尾師長ったら!
これのどこがぱんぷーちゃんなんですか!?
これどう見てもパンダじゃなくて白熊ですよね?
芽留副ーー」

「あーーーー!!
生きてて良かったーーーー!!」

 芽留副院長の声が病棟に響きます。
 
 日向さん、今日も病棟は賑やかですね。  
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