第8話

文字数 1,399文字

 黙って話を聞いていた中尾師長はずるずるっと鼻をすすりながら突然立ち上がり、恵さんの旦那様の手をしっかりと握りました。
 中尾師長は涙もろいたちなのです。

「お話しはよくわかりました。お任せ下さい! 
私たちが必ず恵さんの大切なブレスレットを見つけ出します!」
 
 あらあら、中尾師長、そんなこと言い切って大丈夫なんでしょうか?

「でもーー」

「恵さん今は心が(かたく)なになっておられます。
手術のことは様子を見てこちらから再度話してみます」

 その時、ナースステーションから歓声が上がりました。

「中尾師長! 山下さん、無事に見つかったそうです!」

 面談室の扉を開けながら日向(ひな)さんが報告しに来てくれました。

「良かった! 怪我もないのね?」

「はい! どこも怪我なく元気だそうです! 
主任と三久路(みくろ)君が今から連れて帰ってくるそうです。
私、615号の皆さんにも報告してきます! 恵さんもとても心配してましたから」

 そういうと日向さんは恵さんの旦那様に頭を下げると笑顔で扉を閉めました。


 恵さんの旦那様は、今日はブレスレットの話はせず、少し妻の顔だけ見て帰りますと言うと談話室を出て行かれました。と、入れ違いに山口君が姿を現しました。

『なつさん、ちょっといいですか?』

『山口君、どこ行ってたの? 探してたのよ』

『オレ、恵さんのブレスレットどこにあるか知ってるんです』

 

 山口君の後に続いて入ったのは630号室の松川さんの病室です。
 松川さんは健康診断で糖尿病と診断され、食事や生活習慣などの教育目的で入院されている60代半ばの男性です。
 会社を経営されているという松川さんは、病棟に一つしかない特別室を使用されています。
 特別室というだけあって、とても広い部屋で、座り心地の良さそうなソファーや大きなロッカー、ちょっとした書き物が出来る机まで備え付けられています。
 病室に入ると、松川さんと古和(こわ)先生がソファーに座って何やら楽しそうに話ています。そう言えば先程、松川さんが聞きたいことがあるから病室まで来て欲しいと、裕子さんが、古和先生を呼びに来ていましたね。
 検査結果について話ているのかと思えば、何やらゴルフの話で盛り上がっているようです。

『それで、山口君、ブレスレットはどこ?』

 山口君は古和先生が座っているソファーの前に立つと私を手招きしました。そしてかがむと、古和先生が座っているソファーの下を覗きました。
 私は失礼して古和先生の膝に手を置き、ソファーの下を覗きました。すると、ちょうど古和先生が座っているお尻の下辺りに淡いブルーと紫、それに透き通った石が順に並んだブレスレットが落ちています。
 古和先生は私が触れた途端、身震いをしながら立ち上がりました。ほんっとにこの人は敏感です。

「先生、どうされました?」

「いえ、少し寒気がしたもんですから」

「いけませんね、風邪ですか?」

「医者の不養生ってやつですかね」

「はははは」

「わははは」

 二人は呑気に笑っていますが、私はとうとうブレスレットを見つけて飛び上がるほど嬉しくなりました。恵さんが大事にしていたブレスレットに違いありあせん。
 山口君と顔を見合わせて頷きます。

『よく見つけたわね。どうやって?』

 山口君によると、検査前にテレビ台の前に置いておいたブレスレットは、清掃のおばさんの不注意によりゴミとして回収された後、山口君の活躍で何とかここまで持ってきたということです。
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