第31話

文字数 1,816文字

「そっかーー、やっぱり平田さんのこと引きずってるんだ。
 仕事とは言え、初めて人の死と間近で向き合うってショックが大きいものね。
 私も看護師になって直接関わった患者さんが初めて亡くなった時のこと、今でもはっきりと覚えてるもの。
 でも、私たちの仕事はそれを乗り越えていかなきゃ続けていけない。
 なんとか三久路(みくろ)君には前に進んでもらいたいーー」
 
 三人は顔を見合わせて頷き合いました。
 その時です。
 すごい勢いで面談室の扉が開いたかと思うと、金田さんが飛び込んできました。

「主任、大変です!」

「どうしたの?!」

「618の岡田さんがすごく怒っててーー」

「何があったの?」

「ナースコールあってナースステーションから行こうとしたらすぐ止まったんで、誰かが対応したんだろうと思ってたら618の近くにいた三久路君が対応したみたいでーー」

「あのバカ! 
さっき朝礼で主任が新人は対応するなって言ってたとこなのに、ぼーーっとして聞いてなかったんだな」
 
 裕子(ゆうこ)さん、今にも沸騰しそうです。

「しばらくしてまたコール鳴ったんで私が出たんですけど、もう大きな声で、なんでこんなバカな奴に看護師させてるんだ! 今すぐ責任者呼んでこい! ってすごい勢いで怒鳴られてーー」

「わかった、すぐ行ってくる」
 
 そう言うと、東主任は早足に面談室を飛び出して行きました。



「何ですか! この人は! 
それでも本当に国家試験に合格した看護師ですか! 
免許見せてみなさい!!」
 
 いくら618号室が個室だとは言え、これだけ大きな声を出されると病棟中に岡田さんの怒鳴り声が響いています。
 あちこちの病室から入院患者さんが廊下へ出てこちらの様子を不安そうに伺っています。

「岡田さん、他の患者さんのご迷惑になるので、もう少し小さな声でお話ししてもらえますか?」
 
 今にも湯気が立ちそうな岡田さんでしたが、東主任の言葉で少しだけ冷静さを取り戻したようです。

「ゆっくりトイレに行きたいから残りの点滴を早く終わらせてくれって言ったんですよ。
そしたらこの人、そんなことは出来ませんって聞かないんです」

「それはーー。
三久路君の言う通りです。
薬剤によって一定時間内に投与する量は決められてーー」

「そんなことはわかってますよ! 
無理に速くすると循環器系に負荷がかかるとか、そんな誰でもわかることしか言えないくせに。
他にこの薬剤の副作用は何か? 
今私が飲んでる薬の主作用、副作用、相互作用、何聞いたって一つもまともに答えられないじゃないか!
そんなことでよく看護師やってられますね! 
少なくとも私はその新人看護師より薬剤については詳しいんだ。
私の言う通りやってれば問題ないんだよ!」
 
 三久路君は下を向いたままでじっと岡田さんの話を聞いています。

「そうですか。
それは岡田さんを不安にさせてしまって申し訳ありませんでした。
でも三久路は今年入職したばかりの新人看護師です。
今の時点で全ての薬剤の副作用や相互作用を聞かれても答えられるとは思いません」

「新人だろうがベテランだろうがそんなことは患者にとって知ったこっちゃない。
給料もらって仕事してる以上はプロとして患者に対応してもらわないと困るんですよ。
ましてや君たちは医療従事者だろ?
人の命に関わる仕事じゃないか?!」

「そうですね。
それは岡田さんのおっしゃる通りだと思います。
三久路をはじめ私たち看護師は薬剤について、より深く勉強していかなければいけないと思います。
でも今回、三久路のとった対応について、私は間違っていないと思います。
岡田さんも以前、医療従事者だったならお分かりでしょう? 
私たち看護師は医師が書いた処方箋に基づいて薬剤師が調剤した薬剤を、医師の指示に従って患者さんに与薬しています。
点滴の投与量に対しての投与時間も決められています。
それを患者さんの申し出で勝手に滴下速度を速めたりすることは出来ません。
その点に関しては三久路は間違っていません」

「わーーわーー、さすが里りんーー」

「東主任かっこいいーー」

「さすが元レディースーー」

 薄く開いた病室の扉の隙間から古和(こわ)先生、日向(ひな)さん、裕子さんの目が縦に並んで見えています。

「もういい! 
出てってください!!」

「お話ししてる間にちょうど点滴も終わったようですね」    
 
 そう言うと東主任はテキパキと岡田さんの点滴の後処理を終えると、三久路君行くわよ、と声をかけ、失礼しますと618号室を後にしたのでした。
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