第32話

文字数 1,977文字

三久路(みくろ)君、大丈夫かなあーー。
なつさんどう思います?』

『んーー。
そうねえ、弱ってるとこに運悪くまた打撃受けちゃったね。
津川さん、三久路君のこと気になるの?』   

 津川さんはソウル友達です。
 以前翔太くんという可愛い子どものソウルさんが病院の廊下で泣いているのを見つけて、私の元に連れてきてくれたことがありました。
 困っている人を見ると放っておけない優しい性格の持ち主です。

『ーーーー。
生きてた頃の僕に似てるなあーーって。
でも、三久路君は周りの人たちに恵まれてる。
僕もこんな雰囲気の職場だったらもう少し頑張れたかもしれないな』
 
 そう言うと津川さんは少し寂しそうに笑いました。



「えーーーー、中尾師長。
今の三久路にですか? 
それはちょっとーー。
厳しいんじゃないかと思いますけど」

「勿論プリセプ役の富永(とみなが)さんと桜川(さくらがわ)さんに補助としてついてもらうわよ。
 とんちゃん、これは私の師長としての勘なんだけど、三久路君、今、壁乗り越えられなかったら辞めちゃう気がするの。
今まで新人で、三久路君みたいになってそのまま辞めてく子何人も見てきた。
でも三久路君には支えてあげられる先輩や同僚が沢山いるわ。
あの子は看護師にとって、とても大事な、患者さんを大切に想う気持ちを持ってる。
ああいう子にこれからも医療に携わっていって欲しいと思ってるの」

「わかりました。
私も出来るだけサポートします。
それじゃあ、三久路と、富永さん、桜川さん呼んできますね」

 しばらくして面談室に呼ばれた三久路君と日向(ひな)さん裕子(ゆうこ)さんの3人は、師長と主任が二人揃っていることに何事かとびっくりしている様子です。
特に三久路君は、先程の岡田さんの件で叱られるのではないかと大きな体をいつにも増してミクロにしています。    

「三久路君、午前中の岡田さんの件、主任から聞いたわ。
朝礼で、岡田さんのコール対応は5年目以上のスタッフがするようにって言ったの聞いてなかったの?」

「いえ、聞いてはいました……。
ただーー」

 三久路君は声までミクロになって口の中でモゴモゴと話すのでよく聞こえません。
 私は思わず三久路君の側まで近づきすぎたので日向さんがびっくりしています。

「ミクロ! 
大きな声ではっきり話す!」

「はい!」

 主任の一声で三久路君がシャキッとなりました。

「朝礼での東主任の注意事項は聞いていて、頭に入っていました。
ただ、リネン室に行く途中、廊下を歩いていたら、目の前で618号室のナースコールが鳴ったんです。
それで、まずは患者の一番近くにいる自分が状況を確認しなくてはいけないと思いました。
もし、岡田さんに何か緊急を要する事態が発生していれば大変だと。
それで、緊急性のないコール対応だったら少し待ってもらって、どなたか先輩と交代してもらおうと思いました。
でも、岡田さん、すごく急いでおられらて、でも、僕、言われたことを僕の判断でするのは違うと思ってーー、それでーー」

「もういい、わかった。
今回、三久路君のしたことは間違ってないわ。
でも、岡田さんの質問に答えられなかったのは問題よ。
私たちは患者さんに投与する点滴や内服薬の作用副作用を、与薬する最終責任者として知っておかなきゃいけない。
副作用がわかってないと、どこを注意して観察するかわからないでしょ? 
今後しっかり勉強していって」

「はい」

「なんだ、ミクロ、朝礼ボーッとして主任の注意聞き忘れてたんじゃなかったんだ」
 
 裕子さんが日向さんにだけ聞こえる小さな声で言いました。

「それでね、三久路君。
呼んだのはその件じゃないの。
そろそろ三久路君にも担当の患者さんをもってもらおうと思って」

 日々の受け持ち担当とは別に、入院患者さんには一人づつ担当の看護師がついています。
 担当患者に対しては、主治医と共に、入院してから退院するまでの患者の状態を把握、観察するなどの責任を持ちます。
 他院に転院する場合や、自宅に戻って訪問看護を受ける場合など、主治医は診療情報提供書という患者の医療情報書類を作成します。
 同じく担当看護師は看護サマリーという看護情報書類を作成するのです。    
 主治医と同様、担当患者にそれだけ責任を持っているのです。
 ここ6階病棟でも看護師一人でおおよそ3、4人の担当患者さんを持っているようです。

「そうですね。
私と日向もこの頃だったかなあ。
初めての担当患者さん持ったの」

 裕子さんが懐かしそうに言いました。

「うん、そうだね」

「それで、中尾師長。
ミクロの初担当はどなたですか?」

「622号室の三山さんを担当してもらおうと思ってるの」
 
 えっ、ウソっ、と言う声が二人から漏れました。
 三久路君はじっと宙を見たまま動きません。
 
 それもそのはずです。
 622号室の三山さんは末期の肺癌で、もう長くないだろうと診断されている30代半ばの男性の患者さんなのです。
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