第40話

文字数 1,783文字

 女性は、皆さんには大変お世話になりました、これ、少しですが良ければ皆さんで召し上がって下さい、と言いながら大きな紙袋を差し出してくれています。

「お気遣い恐れ入ります。
予定通り退院出来て良かったですね」
 
 中尾師長がお礼を言いながら紙袋を受け取ります。

「はい、わがままな父で大変だったでしょう?」

「いえいえ、そんなことないですよ。
お父様は?」

「それが、先に行くって聞かなくて。
母とゆっくり歩きながら駐車場で待ってるからって。
大勢の前でお礼言うの恥ずかしいんですよ。
どうせまたすぐ戻ってこなきゃいけないのにって。
皆さんにはよくお礼言っといて欲しいって頼まれました」

「そうですか。
次はまた6週間後の予定ですね。
それまで体調崩さないように、お体に充分気をつけて下さいねってお伝えして下さい」

「わかりました。
ありがとうございます。
あのーー、三久路(みくろ)さんって看護師の方は今日来られてますか?
父がこれ渡して欲しいって」
 
 そう言うと、娘さんは持っていた鞄から辞書のような分厚い本を取り出しました。

「うちの三久路に?」
 
 こちらを注目していた三久路君が名前を呼ばれたので驚いて師長の側までやってきました。

「父にこの薬辞典が一番見やすくて内容もしっかりしてるから最新版を買ってこいって頼まれて買ってきたんです。
自分用に使うのかと思ったらお世話になった看護師にあげるんだって。
私、今時若い人はこんな分厚い辞典使わないよ、インターネットですぐ調べられるんだしって言ったんですけど、あの通り、言い出すと聞かないものですからーー。
迷惑かもしれないけどもらってあげてくれますか?」
 
 そう言うと、岡田さんの娘さんは三久路君に薬辞典を渡しました。
 あらあらーー、三久路君の目がもう充血してきましたよーー。

「以前、ここの新人看護師さんに薬のことで質問してもロクに答えられなかったってぶつぶつ怒ってた日があったんです。
でも次の日、その看護師さんが、父が服用している薬剤や点滴について詳しく調べてまとめたノートを持って、昨日のことを謝りに来てくれたって。
父、嬉しそうに話してました。
担当する患者に日常的に薬剤を投与するのは看護師です、その看護師が最終的な責任を持つ意味でも自分が担当する患者の薬剤について正しい知識をもってなきゃいけないと思ってます、って言ってくれたんですってね。
ありがとう、三久路君」       

 三久路君はもう返事が出来る状態ではないようで左手で薬辞典をしっかりと持ち、右手で何度も目頭を拭いながら娘さんに向かって二度三度と頭を下げました。




富永(とみなが)さん、桜川(さくらがわ)さん! 
こっちです!」
 
 普段滅多に病院の敷地から出ない私ですが、今日は何となく気になって場違いな所に来てしまいました。
 待ち合わせ場所に三久路君と白河さんの姿を見つけた日向(ひな)さんと裕子(ゆうこ)さんが手を振りながら近づいて来ましたが、日向さんは私がいることにとても驚いているようです。
 今日の日向さんはまあ、なんて可愛いんでしょう。
 いつも病院で見る白衣で長い髪をしっかりまとめた日向さんもキリっとして素敵ですが、今日の日向さんときたらーー。
 お見せ出来ないのが残念です。
 
「すいません、白河さん。
お待たせしました?」

「いや、僕たちも今来たところ」

「お二人一緒に来たんですか?」

 日向さんが何気に聞きました。

「あーー、うん。
そうなんだ」

 あーー、何だか嫌な予感がしますーー。
 裕子さん! どうしましょうーー。

「あっ、とりあえず、中入んない? 
ここのジェットコースター人気あるから10時から配られる整理券先にもらいに行かなきゃいつ乗れるかわかんないしーー」

「うん、そうだね。
三久路君と、白河さん、入場券はもう買ってーー」

「あのーー! 
富永さんと桜川さんにはきちんと報告しときたくてーー」

「報告?」
 
 遊園地の入場門に向かって歩き出していた日向さんが振り返りました。

「ミ、ミクロ、その話、今日の帰りでーー」
 
 裕子さんが止めようとしましたが、もう無理なようですーー。

「三久路君とお付き合いすることになりました」
 
 白河さんの一言で一瞬その場の時間が止まったように誰も動きませんでした。
 そして裕子さんは天を仰ぎ、日向さんはえっ? っと言ったきりなぜか私を見つめています。

 日向さんの恋は一体どうなってしまうんでしょうか?!        
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