第66話

文字数 949文字

『私はずーーっと長い間この時を待っていたよ。
いつか、君に会える。
それを考えると死ぬこともちっとも怖くなかった』

政光(まさみつ)さんーー』 

 私はーー、私はーー何か言わなければ、そう思えば思うほど、何も言えなくなって、ただ黙って政光さんを見つめています。
 あんなに一緒にいたい、話がしたいと願っていた政光さんが、私の目を見、声を聞いてくれている。
 ただそれだけで私は胸がいっぱいになりました。

『私はもう何も思い残すことはない。
これからはなつさんと一緒にーー』

「院長!!」

 悠花ちゃんと屋上に飛び出してきたのは芽留(める)先生です。
 フェンス前に倒れている政光さんを見つけると、芽留先生はすぐに携帯から電話をかけて応援を呼び、その場で素早く診察を行い、心臓マッサージを始めました。

『芽留先生、ありがとう。
でももう私のことはいいんだ。
さあ、なつさん行こうーー』

 政光さんが私の手を握りました。
 私は政光さんの目を見ました。
 それは全く迷いのない目でした。

 私はその迷いのない目をじっと見返すと、しっかりと頷きました。

「院長先生!!」
 
 次に屋上に上がってきた日向(ひな)さんが、倒れた政光さんとソウルになった政光さんを見て一瞬立ち止まりました。

富永(とみなが)さん!
変わってーー」

 芽留先生はそう言うと、日向さんとマッサージを交代し、その間に上着を脱いでシャツをめくり上げ、動きやすい準備をします。
 
「富永さん、変わるよ。
すぐに救急準備してタンカと一緒に戻ってきてーー」

 それだけ言うと、芽留先生は再びマッサージを開始しました。
 日向さんがダッシュしていく中、芽留先生がこちらを見て言いました。

「院長!!
まだです!
まだ早いです!
あなたはまだ沢山の人を助けられる。
今じゃない!
帰ってきてくださいーー」

 その声を聞いた時、私の手を強く握っていた政光さんの力が、ほんの一瞬だけ緩みました。

『政光さんーー。
戻ってーー』

 握っていた手を離した私を不思議そうに見つめる政光さんの後ろで芽留先生が必死にマッサージを続けながらこちらを見て叫びました。

「院長ーーーー!!」

 その時、ソウルだった政光さんの体がスーーっと消えていきました。

『政光さん!
私待ってるからーー。
その時が来るまで私、待ってるからーーーー』

 
 私の声は政光さんに届いたでしょうかーー。
 
 
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