第65話

文字数 1,987文字

「おーーい、ミクロマン!
芽留(める)先生は?」

 勢いよくエレベーターから出てきたのは政光さんです。
 廊下奥の配膳カート前で、病棟患者の夕食トレーを片付けている三久路(みくろ)君を見つけると、政光(まさみつ)さんはどんどんと歩いていきます。

「お疲れ様ですーー」

 三久路君が応えるより早く、病室から飛び出してきた裕子(ゆうこ)さんが政光さんに駆け寄ります。

「城山院長!
お疲れ様です。
二次会、無事始まりました?」

「ああ。
君たちこそ本当にお疲れ様!
皆が楽しんでるところ悪いね。
これ、差し入れ買ってきたから夜勤の人たちで食べて。
そうそうーー、とんちゃんのドレス姿綺麗だったよーー」

「わあーー、ありがとうございます!
こんなに沢山ーー。嬉しい!
そうでしょ? 東主任タッパもあるし、ドレス似合うだろうなあーー」

「まあちゃんに、また写真見せてもらうといいよ。
動画も撮ってたようだし」

「はい! 楽しみだなあ。
えーーっと、芽留先生ですけど、何度か病棟の様子見に来てくれました。
幸い今のところ落ち着いているので、医局で仕事するって降りて行かれましたよ」

「了解ーー。
じゃあ、芽留先生と今から宿直交代するから、何かあれば私に電話してくれればいいよ」

 そう言うと、政光さんは大きな紙袋を裕子さんに渡すと、エレベーターで医局がある2階に降りていきました。

 今晩の病院関係者が大勢参加する東主任と古和(こわ)先生の結婚二次会は始まって一時間程でしょうか。
 院長である政光さんが、二次会の最初に挨拶をするため、出席していたのでした。
 締めの挨拶は副院長の芽留副院長がすることになっており、政光さんは会の始めに挨拶を済ませると、芽留先生と勤務を交代するため、急いで病院に戻ってきたと言う訳です。
 芽留先生は、皆の前で挨拶なんて苦手だからーーとか締めの挨拶も院長がした方がいい、今日は自分が通しで朝まで勤務するーーなどと、なんとか苦手な挨拶から逃れようとしたようですが、政光さんの「そうかーー、それは残念だな。まあちゃんが綺麗なパーティー用のドレスを買ったから着て行くの楽しみにしてたみたいだし、確か二次会の席も芽留先生の隣だったんじゃないかなーー」の一言であっさり出席をOKしたようでした。

 政光さんは医局で芽留先生に声をかけると、芽留先生はいそいそと準備を済ませて出掛けていきました。
 一人になった政光さんは医局のソファーにどんと腰を下ろすと、ふーーっと深い息を吐きました。最近の政光さんはどことなくいつも疲れたような感じで顔色も良くないのが気がかりです。
 病棟から緊急の呼び出しがあるまでこのまま医局でゆっくり過ごすのかと思っていると、政光さんはゆっくり立ち上がりましたーー。




『わーー、なつさん、見てーー!
お月さんまん丸だよ!
それに遠くに見えるお家もピカピカしててすっごく綺麗ーー!』

 政光さんについて悠花ちゃんと私は夜の屋上に出ました。
 悠花ちゃんは夜の屋上に出るのが初めてなのか、とても嬉しそうに広い屋上を駆け回っています。
 菜那ちゃんが真弓さんと姿を消してから、しばらく落ち込んでいた悠花ちゃんですが、最近少しづつ元気を取り戻しているようです。
 政光さんはフェンス越しにキラキラ光る街並みを眺めていたかと思うと、雲ひとつない夜空に光る月をじっと見上げています。
 
 「なつさんーー」

『えっ?』

 今確かに政光さんが私の名前を呼ーー

「月が綺麗だねーー」

 政光さんは月を見上げたまま言いました。
 一瞬、私が見えているのかと驚きましたが、どうやらそうではないようです。

『はい。
今日の月は特別ですねーー』

「私はね、月を見ると、いつもーー、いつもなつさんのことを考えるんだ」

『政光さんーー。
私は毎日ーー、そう毎日あなたのことを見ているんですよ』

『なつさん、このおじいさんと知り合いなの?』

 悠花ちゃんが、政光さんが私の名前を呼んだので驚いたようです。

『ええ。
私の大事な人なんですーー』

『へーー、そうなんだーー。
でもこのおじいさん、なつさんのこと見えてないみたいだね』

『いいんです』

 しばらく静かな時間が流れました。
 悠花ちゃんも静かに政光さんの横でキラキラ光る街並みを見ています。
 その時、突然、政光さんが胸を押さえてその場に倒れ込んだかと思うと、動かなくなりました。


『政光さん?
政光さん!!』

『おじいさん!!
大丈夫!?
なつさん、おじいさんどうしたの!?』
 
『政光さん!?
政光さん!!」

 政光さんは動きませんーー。

『悠花ちゃん!
日向(ひな)さんをーー、いえ、誰でもいいから知らせてきてーー!』

 悠花ちゃんは返事もせず駆け出していきますーー。


『なつさんーー。
やっとーー、やっと会えたねーー』

『政光さんーー』

 私はこの状況がなかなか理解できませんでした。
 今まで何度も同じような光景を、ここ城山病院で見てきたのにです。
 
 今、ソウルになった政光さんが私の目の前に立っています。
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