第22話
文字数 2,148文字
「ふふふーーん。
師長ってファイトフェチなんだよね」
「ファイトフェチ?
ファイトって頑張れーーのファイトですか?
応援するの好きなんですか?」
「惜しい! もう一捻り」
「えーー、何ですか、教えてくださいよ」
私がお教えましょうか?裕子 さん。
なんて思ってるとところへ中尾師長がやってきました。
「あっ、桜川 さん、富永 さんと三久路 君知らない?
まだ2時前なんだけど参加される方全員揃ったみたい」
「あっ、多分平田さんとこだと思います。
カンファレンス前にもう一度今日の状態見に行くって言ってましたから。
私よんできます」
そう言って裕子さんがナースステーションを出ようとしたところに、ちょうど日向 さんと三久路君が戻ってきました。
「あっ、ちょうど良かった。
今桜川さんに、二人呼びに行ってもらおうと思ってたの。
参加者全員揃われたみたいなので、少し早いけど平田さんのカンファレンス始めましょうか」
お疲れ様でしたーーと、各々参加者が口にしながら資料を片手に面談室を後にします。
日向さんと三久路君が、お忙しい中ありがとうございました、と声を掛けながら椅子や机を片付けていると、一人の女性が手伝い始めました。
パイプ椅子を畳んで壁に立てかけていく日向さんと同じように周りの椅子を折りたたんでいきます。
「あっ、平田さんのーー。
大丈夫ですよ。私達やりますので」
「あのーー、せっかく皆さんで母のために会議まで開いてくださったのに、私のわがまま押し通す形になってしまってーー」
「いえいえ、平田さん本人や家族さんが、退院後どういった生活を送りたいか、という気持ちはとても大事なことですから」
「そうですよ、百合子さん。
ただ、先程の会議でリハビリの白河も話したように、キヨさんは入院する前と比べると、体の機能が大幅に低下しています。
なので、以前の在宅サービスだけでは自宅に戻るのは難しいと思います」
机に座って記録を書いていた中尾師長が言いました。
「はい、それは先程の会議でよくわかりました。
皆さん、本当に母のことよく考えてくれててーー。
私、とても感謝しています」
「いえいえ、こんなこと言ったらあれですけど、それが私達の仕事ですから。
今後、自宅退院に向けて、リハビリの継続と評価、在宅サービスの見直しなど、定期的にカンファレンスを開催する予定にしています。
自宅に退院されたら、また毎日の介護が大変でしょう?
入院中は、キヨさんのことは私たちにまかせて、今は百合子さんの体をゆっくり休めてくださいね」
「私は大丈夫です。こう見えて結構体力だってあるんですよ。
母がいつ帰ってきても大丈夫なように毎日筋肉体操だって続けてるんです」
そう言うと百合子さんは右腕を持ち上げて力こぶを出すようなポーズをしました。
中尾師長、日向さん、三久路君の三人は笑おうとしましたが、皆少し困ったような笑顔になってしまいました。
「フーーーー」
「はーーーー」
「ほーーーー」
百合子さんが帰った後、面談室に残っていた中尾師長、リハビリ白河さん、地域連携室西沢さん三人が深いため息をつきました。
「す、すいません。
あの、僕、いえ私の司会進行がまずかったために、百合子さんの意思を変えることが出来なくてーー」
「いや、ミクロ君のせいじゃないよ。
僕が司会してたって同じ結果だったっと思う」
リハビリの白河さんは三久路君を真っ直ぐ見つめて言いました。
「何とか百合子さんの希望通り、キヨさんが自宅に退院できるように支援出来ないでしょうか?」
日向さんがカンファレンスの資料をめくりながら皆に問いかけます。
「出来る、出来るわよ。
介護度も再認定してもらえば入院前と比べて確実に上がるだろうから、ヘルパーさんや訪問看護の回数増やしてもらって。
時々は短期入所なんかも使ったりすればーー。
キヨさんと同じくらいのADLで自宅で生活してる人も沢山いる」
中尾師長が日向さんに答えた時でした。
「でも、それは自宅に複数人家族がいる場合がほとんどです。
キーパーソンとして、主として介護にかかわる人は一人でも、他に同居家族がいることで肉体的にも精神的にも負担を分担することが出来ます。
キヨさんの場合、長男の嫁である百合子さんと二人暮らしなので、介護の負担は百合子さん一人にかかってきます。
百合子さん自身、61歳という年齢や糖尿病の持病があるでしょう?
いくら公的サービスを使用したとしても、彼女一人でキヨさんを介護するのは難しいでしょう」
地域連携室の西沢さんが皆を見渡して言いました。
仕事の時の西沢さんはキリッとしていて意見も的確で、とても頼もしいです。中尾師長の目がハートになるのがわかる気がします。
「そうですね。
その通りだわ。
とりあえず現在の状態では自宅に帰るのは困難と言うことで、白河さんに明日から週単位でリハビリの状態を評価してもらいましょう。
その評価をみながら次回のカンファレンスの開催時期を決めることにしましょう」
中尾師長の締めの言葉でようやく長いカンファレンスが終了しました。皆がホッとした顔でそれぞれの仕事に戻って少し経った頃です。
とても悲しい出来事が起こりました。
師長ってファイトフェチなんだよね」
「ファイトフェチ?
ファイトって頑張れーーのファイトですか?
応援するの好きなんですか?」
「惜しい! もう一捻り」
「えーー、何ですか、教えてくださいよ」
私がお教えましょうか?
なんて思ってるとところへ中尾師長がやってきました。
「あっ、
まだ2時前なんだけど参加される方全員揃ったみたい」
「あっ、多分平田さんとこだと思います。
カンファレンス前にもう一度今日の状態見に行くって言ってましたから。
私よんできます」
そう言って裕子さんがナースステーションを出ようとしたところに、ちょうど
「あっ、ちょうど良かった。
今桜川さんに、二人呼びに行ってもらおうと思ってたの。
参加者全員揃われたみたいなので、少し早いけど平田さんのカンファレンス始めましょうか」
お疲れ様でしたーーと、各々参加者が口にしながら資料を片手に面談室を後にします。
日向さんと三久路君が、お忙しい中ありがとうございました、と声を掛けながら椅子や机を片付けていると、一人の女性が手伝い始めました。
パイプ椅子を畳んで壁に立てかけていく日向さんと同じように周りの椅子を折りたたんでいきます。
「あっ、平田さんのーー。
大丈夫ですよ。私達やりますので」
「あのーー、せっかく皆さんで母のために会議まで開いてくださったのに、私のわがまま押し通す形になってしまってーー」
「いえいえ、平田さん本人や家族さんが、退院後どういった生活を送りたいか、という気持ちはとても大事なことですから」
「そうですよ、百合子さん。
ただ、先程の会議でリハビリの白河も話したように、キヨさんは入院する前と比べると、体の機能が大幅に低下しています。
なので、以前の在宅サービスだけでは自宅に戻るのは難しいと思います」
机に座って記録を書いていた中尾師長が言いました。
「はい、それは先程の会議でよくわかりました。
皆さん、本当に母のことよく考えてくれててーー。
私、とても感謝しています」
「いえいえ、こんなこと言ったらあれですけど、それが私達の仕事ですから。
今後、自宅退院に向けて、リハビリの継続と評価、在宅サービスの見直しなど、定期的にカンファレンスを開催する予定にしています。
自宅に退院されたら、また毎日の介護が大変でしょう?
入院中は、キヨさんのことは私たちにまかせて、今は百合子さんの体をゆっくり休めてくださいね」
「私は大丈夫です。こう見えて結構体力だってあるんですよ。
母がいつ帰ってきても大丈夫なように毎日筋肉体操だって続けてるんです」
そう言うと百合子さんは右腕を持ち上げて力こぶを出すようなポーズをしました。
中尾師長、日向さん、三久路君の三人は笑おうとしましたが、皆少し困ったような笑顔になってしまいました。
「フーーーー」
「はーーーー」
「ほーーーー」
百合子さんが帰った後、面談室に残っていた中尾師長、リハビリ白河さん、地域連携室西沢さん三人が深いため息をつきました。
「す、すいません。
あの、僕、いえ私の司会進行がまずかったために、百合子さんの意思を変えることが出来なくてーー」
「いや、ミクロ君のせいじゃないよ。
僕が司会してたって同じ結果だったっと思う」
リハビリの白河さんは三久路君を真っ直ぐ見つめて言いました。
「何とか百合子さんの希望通り、キヨさんが自宅に退院できるように支援出来ないでしょうか?」
日向さんがカンファレンスの資料をめくりながら皆に問いかけます。
「出来る、出来るわよ。
介護度も再認定してもらえば入院前と比べて確実に上がるだろうから、ヘルパーさんや訪問看護の回数増やしてもらって。
時々は短期入所なんかも使ったりすればーー。
キヨさんと同じくらいのADLで自宅で生活してる人も沢山いる」
中尾師長が日向さんに答えた時でした。
「でも、それは自宅に複数人家族がいる場合がほとんどです。
キーパーソンとして、主として介護にかかわる人は一人でも、他に同居家族がいることで肉体的にも精神的にも負担を分担することが出来ます。
キヨさんの場合、長男の嫁である百合子さんと二人暮らしなので、介護の負担は百合子さん一人にかかってきます。
百合子さん自身、61歳という年齢や糖尿病の持病があるでしょう?
いくら公的サービスを使用したとしても、彼女一人でキヨさんを介護するのは難しいでしょう」
地域連携室の西沢さんが皆を見渡して言いました。
仕事の時の西沢さんはキリッとしていて意見も的確で、とても頼もしいです。中尾師長の目がハートになるのがわかる気がします。
「そうですね。
その通りだわ。
とりあえず現在の状態では自宅に帰るのは困難と言うことで、白河さんに明日から週単位でリハビリの状態を評価してもらいましょう。
その評価をみながら次回のカンファレンスの開催時期を決めることにしましょう」
中尾師長の締めの言葉でようやく長いカンファレンスが終了しました。皆がホッとした顔でそれぞれの仕事に戻って少し経った頃です。
とても悲しい出来事が起こりました。