第36話
文字数 1,913文字
「日向 、どうだった?
ミクロ担当いけそう?」
午後のバイタル測定を終え、ナースステーションに戻ると裕子 さんが声をかけてきました。
カウンターで書き物をしている中尾師長もしっかり耳を傾けています。
「あーー、うん。
メインの担当は三久路 君に代わるけど、今まで通り私もサポートしますのでって、それは浩一さんも奥さんも了解してくれた。
患者さんの対応は元から丁寧だし、測定も正確に出来てた。
後はスピードかな。
それより、さっきのバイタルの時、SPO2値が昨日よりだいぶ落ちててーー。
マスク装着ギリのライン。
三山さん、マスク嫌がって深呼吸してなんとかSPO2値上げてーー。
今日は様子見ることにしたけど、これから急激に状態悪くなる気がする」
「えーー、そうなの?!
能見 先生に報告した?」
「うん、さっき三久路君にしてもらった」
「能見先生上がってきたらDNARの確認のことも忘れず聞いて」
中尾師長がこちらに顔を向けて言いました。
DNARとは患者が心肺停止した時に蘇生処置を行わないことです。
どう治療してももうすぐ亡くなってしまうであろう患者に対し、心臓マッサージや薬物治療を行わないのです。
通常、病状が深刻になってくると主治医は必ず患者家族に確認しなくてはいけません。
それだけ三山さんの状態が確実に悪くなってきているんだと思うと気が重くなります。
それに、ソウルの芳子さんが最近浩一さんの側にずっとついていることもーー。
しばらくすると能見先生が病棟に姿を現し、中尾師長、東主任、日向さん、裕子さん、三久路君を交えて、三山さんの現状の情報共有と、能見先生による今後の見通しが語られました。
「もっと厳しいんじゃないかな」
「わっ!
びっくりしたーー!」
裕子さんの声に驚いて、浩一さんの肺の画像を見入っていた6人が振り返ると、いつの間にか裕子さんの後ろに芽留 副院長が立っています!
私でさえいつからいたのか気がつきませんでした。
「副院長、いつからそこに?」
「始めからー」
「ウソーー。
全然気がつかなかったーー」
「気配なかったよねーー」
「声かけてくれたらいいのにーー」
皆がそれぞれ驚きの言葉を発しましたが、芽留先生は気にしていない様子です。
「能見先生、三山さんの奥さんにはホスピスの話はしてるの?」
「はい、でも浩一さん本人には、そこまで厳しい現状を話していません。
奥さんもまだ現実を受け入れてない感じがしますし」
「うーーん。
しかし、そろそろ痛みも強くなってくるだろうし、セデーションも必要になってくるだろう」
「そうですね。
雅子さん早急にムンテラ設定してもらえますか?」
能見先生が声をかけると、はい、と返事をした中尾師長の顔が引き締まりました。
それからは芽留先生の言った通り、三山さんの病状は日に日に悪化していきました。
ピコーンピコーンピコーンーーーー。
ナースステーションのどこからもよく見える位置に置かれた心電図モニターがひっきりなしに音を立てます。
この病棟に入院中の、重篤な患者の心電図が映し出されているモニターですが、最近頻繁にアラームが鳴るのは三山さんです。
アラーム音が鳴ると同時にナースステーションで作業をしていた三久路君が立ち上がり、早足で三山さんの病室に向かいました。
ノックもせず、失礼します、と言いながら勢いよくドアを開けます。
「浩ちゃん、浩ちゃんーー」
浩一さんがベッドの上で上半身を左右に激しく動かし、右手で酸素マスクを外そうとしているのを妻の洋子さんが止めようとしています。
「三山さん、苦しいですか?」
三久路君は素早くベッドのコントローラーを取ると、頭の角度を少し上げました。そして、酸素マスクで鼻と口を覆います。
浩一さんは目をつぶったまま三久路君の問いかけにうん、うん、というように何度も頷きます。
「すぐ、痛み止め持ってきます」
洋子さんの、ありがとうございます、の声を後ろで聞きながら、三久路君は急いでナースステーションに戻りました。
三山さんの状態が気になりアラームが鳴ったままのモニターで波形をじっとチェックしている日向さんに、「三山さん、痛み止め希望されてます、ダブルチェックお願いします」と声をかけると、テキパキとした動作で、薬剤カートから薬袋を取り出しました。
日向さんと二人で使用する薬剤に間違いがないかを声に出してチェックを行います。
「三久路君、大丈夫?
一緒に行こうか?」
日向さんの問いかけに、「大丈夫です」と言いながら体はもうナースステーションを出るところです。
「日向、ミクロ一人で大丈夫?」
んーーと考え込んだ日向さんですが、やはり気になるのか席を立ちました。
ミクロ担当いけそう?」
午後のバイタル測定を終え、ナースステーションに戻ると
カウンターで書き物をしている中尾師長もしっかり耳を傾けています。
「あーー、うん。
メインの担当は
患者さんの対応は元から丁寧だし、測定も正確に出来てた。
後はスピードかな。
それより、さっきのバイタルの時、SPO2値が昨日よりだいぶ落ちててーー。
マスク装着ギリのライン。
三山さん、マスク嫌がって深呼吸してなんとかSPO2値上げてーー。
今日は様子見ることにしたけど、これから急激に状態悪くなる気がする」
「えーー、そうなの?!
「うん、さっき三久路君にしてもらった」
「能見先生上がってきたらDNARの確認のことも忘れず聞いて」
中尾師長がこちらに顔を向けて言いました。
DNARとは患者が心肺停止した時に蘇生処置を行わないことです。
どう治療してももうすぐ亡くなってしまうであろう患者に対し、心臓マッサージや薬物治療を行わないのです。
通常、病状が深刻になってくると主治医は必ず患者家族に確認しなくてはいけません。
それだけ三山さんの状態が確実に悪くなってきているんだと思うと気が重くなります。
それに、ソウルの芳子さんが最近浩一さんの側にずっとついていることもーー。
しばらくすると能見先生が病棟に姿を現し、中尾師長、東主任、日向さん、裕子さん、三久路君を交えて、三山さんの現状の情報共有と、能見先生による今後の見通しが語られました。
「もっと厳しいんじゃないかな」
「わっ!
びっくりしたーー!」
裕子さんの声に驚いて、浩一さんの肺の画像を見入っていた6人が振り返ると、いつの間にか裕子さんの後ろに
私でさえいつからいたのか気がつきませんでした。
「副院長、いつからそこに?」
「始めからー」
「ウソーー。
全然気がつかなかったーー」
「気配なかったよねーー」
「声かけてくれたらいいのにーー」
皆がそれぞれ驚きの言葉を発しましたが、芽留先生は気にしていない様子です。
「能見先生、三山さんの奥さんにはホスピスの話はしてるの?」
「はい、でも浩一さん本人には、そこまで厳しい現状を話していません。
奥さんもまだ現実を受け入れてない感じがしますし」
「うーーん。
しかし、そろそろ痛みも強くなってくるだろうし、セデーションも必要になってくるだろう」
「そうですね。
雅子さん早急にムンテラ設定してもらえますか?」
能見先生が声をかけると、はい、と返事をした中尾師長の顔が引き締まりました。
それからは芽留先生の言った通り、三山さんの病状は日に日に悪化していきました。
ピコーンピコーンピコーンーーーー。
ナースステーションのどこからもよく見える位置に置かれた心電図モニターがひっきりなしに音を立てます。
この病棟に入院中の、重篤な患者の心電図が映し出されているモニターですが、最近頻繁にアラームが鳴るのは三山さんです。
アラーム音が鳴ると同時にナースステーションで作業をしていた三久路君が立ち上がり、早足で三山さんの病室に向かいました。
ノックもせず、失礼します、と言いながら勢いよくドアを開けます。
「浩ちゃん、浩ちゃんーー」
浩一さんがベッドの上で上半身を左右に激しく動かし、右手で酸素マスクを外そうとしているのを妻の洋子さんが止めようとしています。
「三山さん、苦しいですか?」
三久路君は素早くベッドのコントローラーを取ると、頭の角度を少し上げました。そして、酸素マスクで鼻と口を覆います。
浩一さんは目をつぶったまま三久路君の問いかけにうん、うん、というように何度も頷きます。
「すぐ、痛み止め持ってきます」
洋子さんの、ありがとうございます、の声を後ろで聞きながら、三久路君は急いでナースステーションに戻りました。
三山さんの状態が気になりアラームが鳴ったままのモニターで波形をじっとチェックしている日向さんに、「三山さん、痛み止め希望されてます、ダブルチェックお願いします」と声をかけると、テキパキとした動作で、薬剤カートから薬袋を取り出しました。
日向さんと二人で使用する薬剤に間違いがないかを声に出してチェックを行います。
「三久路君、大丈夫?
一緒に行こうか?」
日向さんの問いかけに、「大丈夫です」と言いながら体はもうナースステーションを出るところです。
「日向、ミクロ一人で大丈夫?」
んーーと考え込んだ日向さんですが、やはり気になるのか席を立ちました。