第56話

文字数 2,534文字

 私たちソウルの姿が見える人がこんなにいるなんて、私は最近まで知りませんでした。
 つい先日、芽留(める)副院長もその中の一人だということが判明しました。
 彼のようにソウルの姿が見え、声が聞こえていても、周りの人たちから変な人だと思われないよう、まるで見えないように振る舞っている人が、実は思ったより現実世界にはいるようなのです。
 なぜそう思うようになったかというーー

『ばーー!!』
『わっ!!』

「わーーーー!!
ビックリしたーーーー」

 大きな声に振り向くと、病棟患者さんのお見舞いらしき方が廊下の角から後ずさったかと思うと、今度はアハハハーー、ワーーーーっという騒がしい声と共に廊下の向こう側から走ってくるのは小さな女の子二人組です。

 二人は興奮冷めやらぬ様子でキャッキャッと笑い声を上げながら私の両手を掴んで後ろに隠れるとそっと廊下の先を見ています。
 そこには先ほど二人に驚かされた40代くらいの男性が仁王立ちしてこちらを睨んでいます。

「あのーー、どうかされましたか?」

 たまたま近くを通りかかった病院スタッフが男性に声をかけると男性は、いえ、何でもありません、と平静を装っています。
 私は深々と謝罪のお辞儀をし、後ろから様子を伺っている悠花ちゃんと菜那ちゃんに声をかけ、三人でもう一度頭を下げました。
 男性はしばらくこちらを見つめていましたが、すぐに何事もなかったように廊下を曲がって姿を消しました。

 私は二人と目線を合わせるためにしゃがもうとするとーー。

『なつさん! あの人、患者さんじゃないよ!
悠花、なつさんに言われた通り、患者さんには絶対驚かせたりしてないもん』

 もう片方の手を繋いでいる菜那ちゃんは叱られるのがわかっているかのように悲しそうな目で私を見ています。

『うーーん。
患者さんじゃない人を驚かせてもいいっていうわけじゃないんだけどーー』

 悠花ちゃんと菜那ちゃんがこの病院に現れたのは二週間程前でしょうか。
 その時も二人は病院を走り回っていました。
 勿論、ソウルの姿が見えない人の方がほとんどなので、病院内はいつも通りの日常でした。しかし、ソウルが見える人は驚いて反応を示すので、面白がった二人の行為はエスカレートし、ある日、突然後ろから驚かされた50代くらいの女性の患者さんが転んでしまったのです。幸い大した怪我もなく女性は予定通り退院していきましたが、何度かいたずらの現場を目撃していた日向(ひな)さんから私がお目付役を頼まれたのでした。

 そもそも私たちソウルの姿が見える人がそんなに沢山いるはずもなく、この病院で言えば、日向さんと芽留副院長、あとは入退院で入れ替わる患者さんの中に数人(今まで全くソウルの存在を感じていなかった患者さんが死期が近づくにつれ、ソウルの姿が見えるようにはなることはよくあるらしいのですがーー)いる程度だと思っていました。
 しかし、悠花ちゃんや菜那ちゃんのおかげでーー、というとおかしいですが、意図せずソウルと近しい人が案外周りにいることがわかってきました。
 
 芽留副院長が先日話していたように、そのタイプの人は、日常生活に支障がないよう、また周りとの調和を考え、自然にソウルなど見えていないように暮らしているのです。
 そうやって穏やかに生活しようとしている人たちが、運悪く小さないたずら悪魔二人組に見つかってしまったというわけです。

 初めて二人に会った時は、てっきり仲の良い姉妹だと思いました。いつも手を繋いで行動を共にしていますが、姉妹ではなく、泣いていた悠花ちゃんに話しかけたのが菜那ちゃんだったそうです。今ではすっかり悠花ちゃんの方がリードして年上に見えますが、根っこでは菜那ちゃんの方がタフなのかなあというのが私の見立てです。
 身長からして二人とも小学校低学年くらいでしょうか。

 もう一度二人に危ない真似をしてはいけないと、ちゃんと話をしなくてはなどと考えていた時です。

「ワーーーー!!」
「おめでとうございます!!」という声と共に拍手が聞こえてきました。
 いち早く駆け出した悠花ちゃんはすぐに戻ってくると『菜那、早くーー』と言いながら菜那ちゃんの手を握ると再び賑やかなナースステーションの方へ走っていきます。
 私も後に続きます。

「式は来月の15日です。
式と披露宴は内輪で済ませる予定だそうですが、有志主催で夜にニ次会のパーティーをする予定です。
詳細は決まり次第休憩室に張り出しますので、目を通してください。
幹事は金田さんです」

 中尾師長の話が終わると、再びあちこちから拍手が起きました。
 どうやらようやくあの二人の結婚が決まったようですね。
 金田さんのように勘のいい何人かのスタッフから水面下で噂が広がり、今では東主任と古和(こわ)先生の仲はよく知られているようでした。 
 中尾師長の隣で、スタッフの拍手やおめでとうございますの声かけに、何度もお辞儀を返している東主任の顔が何となく浮かないようなーー、いやそんなはずないですよね、日向さん。
 日向さんは首を傾げている私と目が合うと、同じような仕草をしました。
 彼女も私と同じように感じているのかもしれません。

「はい!
それでは今日の予定です」

 中尾師長の一声で先ほどまで賑やかだったナースステーションが静かになり、ピンとした空気が張り詰めます。
 笑顔だったスタッフは緊張感のある顔で中尾師長の声に耳を傾けます。

「10時612に松尾さん、11時621に山岡さん、627に浜田さんが入院予定です。
忙しいと思いますがリーダーさん、采配お願いします。
退院は14時602中田さん、15時603藤崎さんです。
退院後すぐに清掃入ってもらって緊急入院に備えてください」

 中尾師長はそこでひと息つくとさらに表情を引き締めました。

「あとーー、13時に葉山さんが622に入院予定です。
うちの病棟に何度も入院されているので、皆さん病状については知ってくれているはずですが、今回はさらに厳しい状態になると思います。
主治医は変わらず城山院長です。
担当は前回と変わらず富永(とみなが)さんにお願いします。
富永さん、朝礼終わったら面談室来てくれる?
はい、それでは今日も一日よろしくお願いしますーー」

 今日も忙しい一日になりそうですね。
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