第30話
文字数 2,216文字
「ごめん、ユッコ、遅くなってーー」
「あっ、日向 」
「どしたの?」
「えっ? 何が?」
「なんか暗い顔してたからーー」
「えーー、そんなことないけどーー。
さっ行こっか。
ミクロの好きなスイーツも買ってきたし」
「わーーユッコ、ありがとう。
いくらだった?
後で半分払うね」
「いいって、いいって。
さっき郵便受け見たけど、ミクロの部屋501っぽい」
「わかったーーって、5階?
え?
もしかしてエレベーターないのかな」
「そうなの!
もう、うちの病院ケチなんだからーー。
職員寮にエレベーターくらいつけなさいっつーーの。
それにしてもさすがミクロ!
1日働いた後で5階まで階段上がってるってことだよね。
アイツ体力だけは有り余ってるからな」
二人はそんな話をしながら階段を上がり始めましたが、5階に着く頃にはハアハアハアと、すっかり息が上がってしまいました。
5階の角部屋の表札で三久路 君の部屋を確認すると、二人は顔を見合わせて頷きあいました。
日向さんが表札の下にある丸いボタンを押すと、部屋の中でブーーっと低い音が鳴るのが聞こえます。が、しばらく待っても何の反応もありません。
仕方なく日向さんがもう一度ブザーを押していると、裕子 さんが横からドンドンドン! とドアを叩きました。
「ミクロ! いるんでしょ?!
大丈夫!?
中尾師長に言われて様子見に来ただけだからちょっとだけ顔見せてくれる?」
裕子さんがドアの隙間からおーーい、ミクローーと何度か声をかけ続けていると、静かだった部屋の中でバタバタと大きな生物が動いている音が聞こえました。
そして静かになったかと思うと、ガチャガチャッと鍵を開ける音がしてドアが開きました。
「連絡事項ですが、今日は朝から師長会のため、中尾師長は午前中不在になります。
あと618の岡田さんから昨日もコール対応が遅いことや、採血の手技についてのクレームがありました。
皆それぞれ抱えている仕事で忙しいと思いますが、気をつけて対応してもらいたいと思います。
岡田さんには、出来るだけ5年目以上のスタッフで対応してもらった方がいいかな」
そう言うと壁にかかった病院理念を唱える東主任の声に続いてスタッフ全員が唱和を始めました。
久しぶりに三久路君の姿も見えますが、大きな体が最近小さく見えます。
「ねえ、618の岡田さんってやたら薬剤のこととか詳しいじゃない?」
朝礼が終わるとすかさず金田さんが裕子さんに声をかけてきました。
「そうですよね。
以前医療従事者だったんじゃないかって皆で話してるんですけど」
「薬剤師だったんだってーー。
気難しい性格で有名だったらしいわよ」
「えーー、やっぱり。
この前も今自分にこの症状が出てるのはこの薬剤の副作用だから気をつけてくれとか言って、やたら詳しいなあと思ってたんですよーー。
それにしてもさすが金田さん、どこで情報仕入れたんですか?」
「詳しくは言えないんだけどタレコミがあってね」
「タレコミですか!?」
金田さんは裕子さんをナースステーションの隅っこに連れていきました。
「ネタ元は言えないんだけど、私の友達の友達が同じ病院で薬剤師として働いてたらしいの。
変わり者で病院内じゃちょっと有名だったらしいわよ。
仕事してた頃も周りに厳しくて、よく上司や同僚と衝突してたって」
「へーー、確かに細かそうですしね」
「桜川 さん、三久路君、特に気をつけてあげた方がいいわよ。
それでなくても彼最近元気ないようだし」
「了解っす!
ありがとうございます」
「富永 さん、桜川さん、ちょっといい?」
東主任に呼ばれた二人は面談室に入ると扉をしっかりと閉めました。
「今日はようやく三久路君、出勤してきたけど、やっぱりまだ元気ないみたいね。
昨日二人が様子見に行ってくれるって中尾師長から聞いてたから、どんな感じだったか聞いておこうと思って」
日向さんと裕子さんは顔を見合わせると、昨日のことを話し始めました。
何度もチャイムを鳴らしてやっと玄関まで出てきた三久路君はパジャマのままで、玄関先からでも散らかり放題の部屋が見てとれました。
なかば強引に部屋に入った二人が部屋を掃除し終わったのはそれから1時間程たった頃でした。
その間、三久路君はウロウロするばかりで、そのうち裕子さんから、邪魔になるからベッドの上に座ってろと言われる始末。
ようやく綺麗になった部屋に三人で座り、裕子さんが買ってきたプリンを皆で食べ始めた頃です。
日向さんと裕子さんは、三久路君を元気づけようと今日初出勤した芽留副院長のことを面白おかしく話しだしました。
最初は笑いながら聞いていた三久路君ですが、静かになったかと思うと、目から溢れる涙を何度も拭っています。それに気づいた日向さんと裕子さんは顔を見合わせました。
「僕がもっと早く平田さんの病室まで行っていればーー。
そのことばっかり考えてしまってーー」
日向さんと裕子さんは何も言えず、ただその様子を見つめていましたが、
「ミクロ! プリンに涙入ってる!
せっかくの美味しいプリンがしょっぱくなるじゃない!」と言う裕子さんの一言でなんとなくその場が和みました。
プリンを食べ終わると、まあ、あまり無理しないでいいけど、中尾師長はじめ、東主任や他のスタッフも心配しているから体調良くなったら出勤しておいで、と伝えると三久路君の部屋を後にした二人でした。
「あっ、
「どしたの?」
「えっ? 何が?」
「なんか暗い顔してたからーー」
「えーー、そんなことないけどーー。
さっ行こっか。
ミクロの好きなスイーツも買ってきたし」
「わーーユッコ、ありがとう。
いくらだった?
後で半分払うね」
「いいって、いいって。
さっき郵便受け見たけど、ミクロの部屋501っぽい」
「わかったーーって、5階?
え?
もしかしてエレベーターないのかな」
「そうなの!
もう、うちの病院ケチなんだからーー。
職員寮にエレベーターくらいつけなさいっつーーの。
それにしてもさすがミクロ!
1日働いた後で5階まで階段上がってるってことだよね。
アイツ体力だけは有り余ってるからな」
二人はそんな話をしながら階段を上がり始めましたが、5階に着く頃にはハアハアハアと、すっかり息が上がってしまいました。
5階の角部屋の表札で
日向さんが表札の下にある丸いボタンを押すと、部屋の中でブーーっと低い音が鳴るのが聞こえます。が、しばらく待っても何の反応もありません。
仕方なく日向さんがもう一度ブザーを押していると、
「ミクロ! いるんでしょ?!
大丈夫!?
中尾師長に言われて様子見に来ただけだからちょっとだけ顔見せてくれる?」
裕子さんがドアの隙間からおーーい、ミクローーと何度か声をかけ続けていると、静かだった部屋の中でバタバタと大きな生物が動いている音が聞こえました。
そして静かになったかと思うと、ガチャガチャッと鍵を開ける音がしてドアが開きました。
「連絡事項ですが、今日は朝から師長会のため、中尾師長は午前中不在になります。
あと618の岡田さんから昨日もコール対応が遅いことや、採血の手技についてのクレームがありました。
皆それぞれ抱えている仕事で忙しいと思いますが、気をつけて対応してもらいたいと思います。
岡田さんには、出来るだけ5年目以上のスタッフで対応してもらった方がいいかな」
そう言うと壁にかかった病院理念を唱える東主任の声に続いてスタッフ全員が唱和を始めました。
久しぶりに三久路君の姿も見えますが、大きな体が最近小さく見えます。
「ねえ、618の岡田さんってやたら薬剤のこととか詳しいじゃない?」
朝礼が終わるとすかさず金田さんが裕子さんに声をかけてきました。
「そうですよね。
以前医療従事者だったんじゃないかって皆で話してるんですけど」
「薬剤師だったんだってーー。
気難しい性格で有名だったらしいわよ」
「えーー、やっぱり。
この前も今自分にこの症状が出てるのはこの薬剤の副作用だから気をつけてくれとか言って、やたら詳しいなあと思ってたんですよーー。
それにしてもさすが金田さん、どこで情報仕入れたんですか?」
「詳しくは言えないんだけどタレコミがあってね」
「タレコミですか!?」
金田さんは裕子さんをナースステーションの隅っこに連れていきました。
「ネタ元は言えないんだけど、私の友達の友達が同じ病院で薬剤師として働いてたらしいの。
変わり者で病院内じゃちょっと有名だったらしいわよ。
仕事してた頃も周りに厳しくて、よく上司や同僚と衝突してたって」
「へーー、確かに細かそうですしね」
「
それでなくても彼最近元気ないようだし」
「了解っす!
ありがとうございます」
「
東主任に呼ばれた二人は面談室に入ると扉をしっかりと閉めました。
「今日はようやく三久路君、出勤してきたけど、やっぱりまだ元気ないみたいね。
昨日二人が様子見に行ってくれるって中尾師長から聞いてたから、どんな感じだったか聞いておこうと思って」
日向さんと裕子さんは顔を見合わせると、昨日のことを話し始めました。
何度もチャイムを鳴らしてやっと玄関まで出てきた三久路君はパジャマのままで、玄関先からでも散らかり放題の部屋が見てとれました。
なかば強引に部屋に入った二人が部屋を掃除し終わったのはそれから1時間程たった頃でした。
その間、三久路君はウロウロするばかりで、そのうち裕子さんから、邪魔になるからベッドの上に座ってろと言われる始末。
ようやく綺麗になった部屋に三人で座り、裕子さんが買ってきたプリンを皆で食べ始めた頃です。
日向さんと裕子さんは、三久路君を元気づけようと今日初出勤した芽留副院長のことを面白おかしく話しだしました。
最初は笑いながら聞いていた三久路君ですが、静かになったかと思うと、目から溢れる涙を何度も拭っています。それに気づいた日向さんと裕子さんは顔を見合わせました。
「僕がもっと早く平田さんの病室まで行っていればーー。
そのことばっかり考えてしまってーー」
日向さんと裕子さんは何も言えず、ただその様子を見つめていましたが、
「ミクロ! プリンに涙入ってる!
せっかくの美味しいプリンがしょっぱくなるじゃない!」と言う裕子さんの一言でなんとなくその場が和みました。
プリンを食べ終わると、まあ、あまり無理しないでいいけど、中尾師長はじめ、東主任や他のスタッフも心配しているから体調良くなったら出勤しておいで、と伝えると三久路君の部屋を後にした二人でした。