第17話

文字数 1,779文字

「佐々木美津子の家族の者です。母が昨日救急車で運ばれたって聞いて。
病室を教えてもらえますか?」

「ご案内します」

 ナースステーションのカウンターにいた中尾師長が席を立ちました。女性に手を繋がれた小さな女の子も引っ張られるように中尾師長に続きます。

「私、この病棟の師長をしております中尾といいます」

「お世話をおかけします。
それで、あの、母の容態はどうですか?」

「今は落ち着かれてますよ。
今朝から必要な検査を順次しています。
夕方には結果が出ると思いますので、担当医師から説明をさせていただくことになると思います」

「そうですか」

「急なことで驚かれたでしょう?」

「はい、1年程前から体調が良くないのは知っていたんですが、いくら病院に連れて行こうとしてもお店があるから休めない、そのうちきちんと休みをとって行くから心配するなの一点張りでーー。
私もこの子を連れての移動は大変なので、そう何度も実家に帰ることも出来なくてーー」

「わかります。
あっ、ここです。今は個室しか空いてないので取り敢えずここに入ってもらってます。
それと、少し、お話したいことがあるので、後でナースステーションに寄ってもらえますか? 
美津子さんのいないところでお聞きしたいことがありますので」

 中尾師長は少し声を落として言った後、ノックをすると、今度は明るく大きな声を出しました。

「美津子さん、娘さんと可愛いお孫さんが来てくれましたよ」

 608号室の扉を開けると美津子さんはベッドでウトウトしていたようでした。

「ごめんなさい、起こしてしまったみたいですね」

「里奈、遠いのに悪いね。
あらーー、晴香ちゃんも来てくれたの」

 晴香ちゃんは、ばあちゃーーんと言いながら美津子さんのベッドに駆け寄りました。             
 ベッドに起き上がった美津子さんは昨夜より幾分顔色が良いように思います。

「ーーーー。
お母さん、心配したよ。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。大したことないよ。
すぐ退院して晴香ちゃんといっぱい遊べるよ」

「またそんなこと言ってーー」

「それじゃあ、私はこれでーー。
美津子さん、まだ検査残ってるので、また順番がきたら看護師が呼びにきますね」

「はい、お世話かけます」
 
 そう言うと中尾師長はナースステーションに戻って行きました。




「えっ、佐々木さんそんなに悪いんですか」

「そうですね、相当悪いです。
本当に今まで仕事しながら家で生活出来てたんですか?」

「そうみたいですよ。
小料理屋しておられるみたい」
 
 能見(のうみ)先生と中尾師長が美津子さんの検査結果の画像を見ながら話しています。

「あと半年ってとこじゃないかなーー。
もう治療出来るレベルじゃないし、緩和ケアで痛みを和らげていく処置になりますかね」

「そうですかーー」

 時により病院は残酷な場所です。
 ここに長くいると、時々やり切れない思いになることがあります。

「そうだ、能見先生、佐々木さんと古和(こわ)先生は何か関係あるんですか? 
主治医能見先生になってるみたいですけど」

「それが、僕もわからないんです。
今朝出勤してきたら、古和先生から佐々木さんの主治医になってくれって突然言われてーー。
別に構わないんですが、理由聞いても何もおっしゃられなくて」

「そう、わかりました。
先生、ムンテラどうしますか? 
まずは娘さんにしてから本人にどう説明するか相談します?」
 
「そのほうがいいですね。
場合によっては緩和ケア病棟のある瀧川病院を紹介することになるかもしれません」

「そうですかーー。
私もムンテラ入りますね」

 ムンテラというのは医師が、患者さんやそのご家族に対して病状や治療方針の説明を行うことをいいます。

「えっ、雅子さんも入ってくれるんですか。嬉しいです」

「娘の里奈さんが後で来てくれることになってるので、ナースステーションに来られたら先生に連絡入れますね」

「わかりました。
あっ、あのーー、雅子さん、この前駅前に出来たイタリアンレストランなんですけど、この前行ったらすごく美味しかったんです。
それで、そのーー、今度良かったらあのーー、一緒にお食事ーー」

「能見先生、私のこと下の名前で呼ぶのやめてもらえます?」

 そう言うと、中尾師長はカウンター上のファイルを(つか)み、近くのスタッフに医事課に行ってきますと声をかけて足早にナースステーションを出て行きました。

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