第35話

文字数 1,313文字

 芳子さんは自分のお孫さんを見るような目で祐樹君を見ています。
 祐樹君は、浩一さんに見せるために、運動会で使うポンポンを持って帰ってきたのでしょう。
 赤いポンポンがクルクル回ったり飛んだりする様は、モノクロの病室にお花が咲いたような華やかさです。

「僕ね、幼稚園の先生にいつも上手だって褒められるんだ。
祐樹君、上手だから一番前で踊ってって。
皆に、祐樹君の真似するんだよーって。
すごいでしょ?」
 
 祐樹君はえっへんという声が聞こえてきそうなくらい得意気な顔で三久路(みくろ)君と、日向(ひな)さんを見ました。
 病室に笑顔があふれます。

「ねえねえ、パパ、祐樹の運動会までにはお家帰れるんでしょ? 
祐樹のダンス見に来てくれるんでしょ?」
 
 祐樹君はそう言うとベッドの浩一さんに抱き付きました。
 その時の浩一さんと洋子さんの寂しそうな顔を見ていると、とても、とても切ない気持ちになってきます。
 和樹君はゲームをしていた手を止めじっとその光景を見ています。
 先程まで賑やかだった病室内の空気が少し淀んだ感じがした時です。

「へーー、祐樹君、すごいね。
皆のお手本になるなんて」

 日向さんが拍手をしながら言いました。

「うん、祐樹すごいんだよーー。
おばちゃんはダンス踊れる?」

「お、おばちゃん!?」

「こらーー! 祐樹。
お姉さんでしょ!」

 キャッキャッと無邪気にはしゃぐ姿を優しそうに見つめる浩一さんに、妻の洋子さんが体温計をケースから抜き取って渡しました。
 浩一さんは体温計を受け取ると、自分の脇に挟みます。

「ありがとうございます。
助かります。
三久路君、血圧測って」

 はい、と返事をし、三久路君は浩一さんの左手の指先に小さな洗濯バサミのような物を挟みました。
 あれは血液中の酸素の量を測る器具です。
 そして、血圧測りますねと声をかけ、補助テーブルの上に右腕を載せて準備してくれている三山さんの右腕で血圧を測ります。
 こうして見ると、三久路君も随分手際が良くなりました。
 血圧を測り終わって、洗濯バサミの器具の表面を見た三久路君の顔が少し曇りました。
 それを見た日向さんも洗濯バサミの表面に表示された数値を見て

「三山さん、息苦しい感じありますか?」と聞きながら聴診器を浩一さんの胸に当てます。
 はい、吸ってーー、吐いてーー、吸ってーー、吐いてーーと何度か声かけを繰り返しながら真剣な表情で浩一さんの胸の音を聞いています。

「うーーん、息苦しさはそんなにないけど、酸素の値良くない?」  

「そうですね、マスクしましょうか?」

「あーー、いい、いい。
あれすると余計苦しい気がするから」

「でも浩ちゃん、した方が体が楽になるって。
ねえ、看護師さん」

「そうですね。
能見(のうみ)先生からここまでの値になると酸素マスク付けるように指示が出てるんですよ。
ても、胸の音は昨日と比べてもそんなに悪くないんですけどね。
三久路君、マスクの準備してきてくれる?」

「はい」と、返事をして病室を出て行こうとする三久路君を、ちょっと待ってーー、と浩一さんが呼び止めました。
 そして、ゆっくりと大きく深呼吸を5回程度繰り返すと、

「もう一度測ってくれる?」と、三久路君を指差すように右手の人差し指を突き出しました。
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