第46話

文字数 1,327文字

 ズズズズーーっと鼻をかむ音がしたかと思うと、中尾師長がスクッと立ち上がりました。

「あの能天気な桜川(さくらがわ)さんがそんな苦労人だったなんてーー」

「師長、能天気っていうのはちょっとーー。
まあ確かにあまり深く物事を考えてなさそうには見えますけどーー」

 二人とも少しひどい言い方ですが、あらあら日向(ひな)さんまでしっかりと頷いています。

「よし!
わたしたちで桜川家の家族団欒(かぞくだんらん)を取り戻すわよーー!」

 鼻息荒く今にも走り出しそうな中尾師長の後ろで顔を見合わせている東主任と日向さんでしたがーー。

「それじゃあ、とんちゃん! 富永(とみなが)さん!
あとは頼んだわよ!」

 そう言うと、中尾師長は医事課に行ってきまーーす! と談話室を飛び出して行きました。

「まあ、いつものことね。
富永さん、とりあえず桜川さんに連絡入れてみてくれる?
お父様にお願いされたことそのまま伝えてみて。
その時の桜川さんの反応見て作戦考えましょ」

「はい」

 中尾師長と東主任は本当に良いコンビです!





「日向、ごめんね。
心配かけてーー
今度時間ある時にゆっくり話すね」

 今日は日向さんと裕子(ゆうこ)さんが同じ日勤勤務のようです。

「ううん。大丈夫。
それよりユッコ、お父さんの荷物取りに行ってくれたんだね。
それとーー、あの、光輝(こうき)さーー」

「そのことはいいの。
そんなことは私には関係ないから。
とにかく入院してる間は病棟の皆にも迷惑かけてるわけだし、最低限のことはやるつもりだから心配しないで」

「そんなーー。
迷惑だなんてーー」

「はい!
今日はリネン交換でしょ!
行くよ! 日向!」

「ちょっーー待ってったらーー」




「そうーー。
桜川さん、そんな風に言ってたんだ。
ご実家には行って、お父さまがお願いした荷物やなんかはちゃんと持ってきてくれたんだよね。
でもきっと、お兄さんのことはノータッチなんじゃない?
元々ほとんど自分の部屋に引きこもってるって話だったし、顔を合わせるチャンスもなかなかないわよね」

 裕子さんが先に休憩に入った後、東主任に呼ばれた日向さんは談話室にこもって桜川家について話しているようです。

「仕事中だとなかなか突っ込んだ話もできないですし、今度休み合わせてゆっくり話してみます」

 日向さん、何かいい方法でも思いついたんでしょうか?



「桜川さん、623森本さんの担当よね?
今月中に瀧川病院に転院になる予定なの。
本人の強い希望でリハビリも始まってるみたいね。
今後強い痛みも出現してくるだろうし、思い通りに体を動かせなくなって、辛い思いをされることも増えてくると思うの。けど、リハビリは患者さんにとって前向きに取り組める貴重な時間だと思う。
その貴重な時間を少しでも納得いく形で受けられるよう担当として、リハ室と連携してやっていってね」

 中尾師長が休憩から戻った裕子さんに声をかけます。

「わかりました。
森本さん、やっぱり緩和ケアに行くんですねーー」

 裕子さんが寂しそうに言いました。

「カルテ見てると、化学療法とか放射線療法で少し余命が延びる可能性があるって書いてありましたけどーー」

「そうね。
その件については院長先生から本人に何回もお話されてるのよ。
それでも森本さんはもう気持ちを変えることはないんじゃないかな。
どういう最期を迎えたいかは本人が決めることだわ」
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