第12話

文字数 1,907文字

 「日向(ひな)さんには色々とご迷惑かけて本当にすいませんでした。師長さんや主任さんにもよろしくお伝えくださいね。
皆さんのおかげで、大切なブレスレットも見つかったし手術も安心して受けることが出来ました。
このブレスレット、愛と一緒にこれからも生きていきます」

 そう言うと、恵さんは左手首に着けたブレスレットを右手で大事そうに握りました。

「愛さんにはその時以来会っていないんですか?」

「ええ、きっと私のことなんてもうとっくに忘れてしまってるでしょう。
さーー、忙しいのに余計な長話してごめんなさいね。
もう夫が迎えに来る時間なので私ここで待ってます。
日向さんお仕事に戻ってくだーー」

「恵さん、どうされました?」

 日向さんは恵さんが急に立ち上がって泣き出したのでびっくりしました。

「愛ーーーー」

「恵ーーーー」

 エレベーターから恵さんの旦那様と一緒に降りて来た女性と抱き合った恵さんは涙が止まりせん。
 抱き合っている女性、愛さんも同じように泣いています。



 恵さんの旦那様があちこち連絡を取って、愛さんの連絡先を聞き出し、事情を説明したところ、愛さんも恵さんとああいった形で離ればなれになってしまったことをとても後悔しており、是非会いたいと言ってくれたそうです。
 これから恵さんの自宅で退院祝いをするそうで、2人は仲良く手を繋いで病院を後にしました。お揃いのブレスレットをしながらーー。


 この様子を見ていた私は、一緒にいた山口君の様子がおかしいことに気づいていました。

『行くの?』

『はい』


 俺んち、父ちゃんいなくて、母ちゃん一人で俺と弟育ててくれたんです。
 小さい頃は自分で言うのも何ですけど、家の手伝いとか弟の面倒なんかもよくみて母ちゃんにいつも褒められてました。
 嬉しかったなあ。
 でも、母ちゃん朝から晩までずーーっと仕事で家にいなくて、俺中学高校と段々悪い友達とつるんで夜遅くまで出歩くようになってしまったんです。
 何度も母ちゃんと大喧嘩して家飛び出して、そのまま何日も友達んち泊まり歩いてーー。

 母ちゃんはいつも目の前のことに真剣に向き合ってた。
 俺にも。
 なのに俺は都合が悪くなると逃げてばかりでーー。
 あの日も夜中まで帰ってこない俺を寝ないで待ってた母ちゃんと玄関先で大喧嘩になって、出て行こうとした俺と揉み合いになった時に、はずみで母ちゃんが腕にしていたブレスレットの糸が切れて石があちこちに飛び散ったんです。
 俺が小学校の修学旅行で買ってきた安物のブレスレット、母ちゃんすごく喜んでくれてずっと手首にしてくれててーー。

 俺、そのまま家を飛び出して、友達のバイクの後に乗ったまま事故でこの姿になっちゃって。
 それで、俺死んじゃったんだーーって分かってから母ちゃんや弟の様子何度も見に行ったんですけど、二人の悲しむ姿や必死で生きてる姿見るうちに色々考えるようになったんです。
 俺、なんて自分勝手だったんだろうーー、どうして母ちゃんの気持ち考えてあげられなかったんだろうって。

 俺が死んでから二人とも少しづつ、前向きに生きていく姿が見られるようになって、母ちゃんは最近再婚しました。
 今まで苦労ばかりだったからこれからは心穏やかに過ごしてくれたらいいなあって思ってます。
 弟も家を出て独立して仕事頑張ってるみたいだし。
 俺だけが死んでから何年も何も変わらず毎日を何となく過ごしてきました。

 そんな時、恵さんが入院してきて、恵さんのブレスレット見て、母ちゃんのバラバラになったブレスレット思い出しました。
 あのブレスレットが掃除のおばちゃんの不注意でゴミ箱に入ったりして、俺なんとかしなくっちゃって、必死に恵さんの元に戻るようにがんばりました。
 それで、あのブレスレットが無事恵さんの元に戻ったら俺も変われるんじゃないかってそんな気がしてたんです。

 もう思い残すことないです。なつさん、俺行きます


『そう、行ってらっしゃい』

『行ってきます』

 そう言うと、山口君は私の前からすーーっと姿を消しました。
 
 長い時間を共に過ごした山口君がいなくなるのは少し寂しいですが、私は卒業式を終えた息子を送り出すようなそんな少しほっとしたような気持ちになりました。


「富永さん! 山下さん見なかった?」

「見てません、またいなくなったんですか?」

 東主任が大きな目をキョロキョロさせながら焦った様子です。

「菊栄さんならさっきあっちの方に歩いていったよ」

 会話を聞いていた掃除のおばさんが教えてくれました。

「ありがとうございます!」そう言うと主任と日向さんは、おばさんの指差す方へダッシュして行きます。

 城山病院は今日もまたまた忙しいようですね。   
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