第5話
文字数 1,676文字
「えっ! 手術やめるって立川さん、ちょっ、ちょっと待って、落ち着いてください!」
慌ててるのは中尾師長の方ですよ。
「わがまま言ってごめんなさい。でもこんな気持ちで手術受けたくないんです。
他の人からみたら、くだらない理由だってわかります。でもあのブレスレットに支えられて私今まで頑張ってこられたような気がしてるんです」
「くだらないなんてそんなーー。
失くされたブレスレットが立川さんにとって、とてもとても大切な物だっていうことはわかりました。
でも立川さんのご病気は少しでも早く手術をした方がいいんです。
先生から詳しい説明お聞きになってますよね?」
「…………」
下を向いたまま黙ってしまった立川さんを見ると何も言えなくなってしまった中尾師長は、また来ますね、と声をかけて病室を後にすることしかできませんでした。
私には一つ気になっていることがあります。
いつもは病院内をどこともなくウロウロしている山口君が、恵さんが入院してきてからやたらと、この615号室にいるのです。
あっ、山口君というのは私のお仲間です。
山口君のお話しをするにはまずは私のことを話さなければなりません。
少しだけお時間を頂戴してお話しさせてもらいます。
先程も申しました通り、私はなつ、太田なつと申します。
ここ、城山病院でお世話になって四十数年になります。
あまりに長い年月が過ぎたので正確には何年前かわからなくなってしまいましたが、私は四十数年前にこの病院で死んだのです。
それなのになぜ、ここにいるのか、初めはよくわかりませんでした。
でも、体という肉体は、死という一つの区切りを迎えて無になっても、心、魂は別にあるのです。
ほとんどの人は心、魂も、またどこか別のところで、新しい命として生まれ変わるのでしょう。
でも、何らかの理由で、魂だけがこの世に残っている、私のような者もいるのです。
他に比べて場所柄、病院にはそのような方が多くおられます。皆さん、はじめは何が起こったのか、自分はどうしてしまったのか、戸惑い、混乱されます。
そんな時、私は、その方が落ち着くまで、なるべく一緒に過ごすようにしています。
一人一人、受け入れる時間に違いはあるものの、それぞれ己の立場を理解し、私のように長い年月を同じ場所で過ごす方も居れば、何かの拍子にこの世に残していた想いを遂げられ、姿を消す方もおられます。
昨日までお話していた相手が突然いなくなるのは、私にとってはとても寂しいことです。それでも、あーーきっと想いを遂げらたんだろうと、ほっとするような気持ちにもなるのです。
魂と肉体が同時に活動している、いわゆる生きている人から見れば、私のような魂だけの者は、霊と呼ばれることが多いようです。
ほとんどの人には私たちの姿は見えません。
勿論声も聞こえません。
でも、稀 に、私たちの姿が見えたり、声が聞こえたりする人がいます。
それが日向 さんなのです。日向さんは、私の声までは聞こえないようですが、姿ははっきりと見えておられるようです。
5年前に日向さんがこの病院に看護師として入職してきた日のことは忘れません。
彼女は、周りに誰もいないことを確かめると、私に向かって頭を下げて言いました。
「はじめまして、ソウルさん。
とみながひなといいます。
今日からこの病院で働くことになりました。よろしくお願いします」
私は一瞬で彼女が好きになりました。彼女は生きてる人と同様に私を扱ったのです。
残念ながら声は届いてないようでしたが、その日から私たちは笑顔で挨拶を交わすようになりました。
それからも、日向さんは人のいない時をうまく見計らって、病院内の私のお仲間にも同様に挨拶をしているようでした。
彼女のように私たちの姿が見える人もいれば、例えば、はっきりとではなくうっすらと姿が見えたり、あるいはただ私たちの存在を気配として感じる人もいるようです。
日向さんが私たちのことを「ソウルさん」と親しみを込めて呼んでくれるのもくすぐったいけれど嬉しい気持ちになります。
慌ててるのは中尾師長の方ですよ。
「わがまま言ってごめんなさい。でもこんな気持ちで手術受けたくないんです。
他の人からみたら、くだらない理由だってわかります。でもあのブレスレットに支えられて私今まで頑張ってこられたような気がしてるんです」
「くだらないなんてそんなーー。
失くされたブレスレットが立川さんにとって、とてもとても大切な物だっていうことはわかりました。
でも立川さんのご病気は少しでも早く手術をした方がいいんです。
先生から詳しい説明お聞きになってますよね?」
「…………」
下を向いたまま黙ってしまった立川さんを見ると何も言えなくなってしまった中尾師長は、また来ますね、と声をかけて病室を後にすることしかできませんでした。
私には一つ気になっていることがあります。
いつもは病院内をどこともなくウロウロしている山口君が、恵さんが入院してきてからやたらと、この615号室にいるのです。
あっ、山口君というのは私のお仲間です。
山口君のお話しをするにはまずは私のことを話さなければなりません。
少しだけお時間を頂戴してお話しさせてもらいます。
先程も申しました通り、私はなつ、太田なつと申します。
ここ、城山病院でお世話になって四十数年になります。
あまりに長い年月が過ぎたので正確には何年前かわからなくなってしまいましたが、私は四十数年前にこの病院で死んだのです。
それなのになぜ、ここにいるのか、初めはよくわかりませんでした。
でも、体という肉体は、死という一つの区切りを迎えて無になっても、心、魂は別にあるのです。
ほとんどの人は心、魂も、またどこか別のところで、新しい命として生まれ変わるのでしょう。
でも、何らかの理由で、魂だけがこの世に残っている、私のような者もいるのです。
他に比べて場所柄、病院にはそのような方が多くおられます。皆さん、はじめは何が起こったのか、自分はどうしてしまったのか、戸惑い、混乱されます。
そんな時、私は、その方が落ち着くまで、なるべく一緒に過ごすようにしています。
一人一人、受け入れる時間に違いはあるものの、それぞれ己の立場を理解し、私のように長い年月を同じ場所で過ごす方も居れば、何かの拍子にこの世に残していた想いを遂げられ、姿を消す方もおられます。
昨日までお話していた相手が突然いなくなるのは、私にとってはとても寂しいことです。それでも、あーーきっと想いを遂げらたんだろうと、ほっとするような気持ちにもなるのです。
魂と肉体が同時に活動している、いわゆる生きている人から見れば、私のような魂だけの者は、霊と呼ばれることが多いようです。
ほとんどの人には私たちの姿は見えません。
勿論声も聞こえません。
でも、
それが
5年前に日向さんがこの病院に看護師として入職してきた日のことは忘れません。
彼女は、周りに誰もいないことを確かめると、私に向かって頭を下げて言いました。
「はじめまして、ソウルさん。
とみながひなといいます。
今日からこの病院で働くことになりました。よろしくお願いします」
私は一瞬で彼女が好きになりました。彼女は生きてる人と同様に私を扱ったのです。
残念ながら声は届いてないようでしたが、その日から私たちは笑顔で挨拶を交わすようになりました。
それからも、日向さんは人のいない時をうまく見計らって、病院内の私のお仲間にも同様に挨拶をしているようでした。
彼女のように私たちの姿が見える人もいれば、例えば、はっきりとではなくうっすらと姿が見えたり、あるいはただ私たちの存在を気配として感じる人もいるようです。
日向さんが私たちのことを「ソウルさん」と親しみを込めて呼んでくれるのもくすぐったいけれど嬉しい気持ちになります。