第52話
文字数 2,198文字
「あーー、危ないところだったーー。
光輝 君、ありがとう」
芽留 副院長の声で目を開けると、フェンスの向こう側でしゃがみ込んでいる芽留副院長と光輝さんがいます!
二人とも無事です!
側にいる津村さんが大きく息を吐く音が聞こえました。
どうやらフェンスを乗り越え、向こう側に着地しようとした時に、バランスを崩して屋上から落ちそうになった芽留副院長の腕を、すんでのところで光輝さんがつかんだようです。
「光輝君がいなければ、間違いなく落ちてたよ」
そう言うと、芽留副院長は光輝さんが座っていたように足を投げ出して座ると、ポケットから缶コーヒーを差し出しました。
光輝さんは、まだ先ほどの興奮が収まらない様子でしゃがみ込んでいましたが、しばらくすると黙って缶コーヒーを受け取り芽留副院長の横に並んで座りました。
芽留副院長は缶コーヒーを開けると喉を鳴らして飲み干しました。
「光輝君がどうかは知らないけど、私は何回か死のうと思ったことがあるよーー。
ーーでもーー人はいつか死ぬんだしーー。
辛いこともいっぱいあったし、これからもきっと死にたくなることもあると思う。
でも、まあ人間、死ぬまでは生きていかなきゃ仕方ないかなーー」
「ーーおともだちーー。
さっき、おともだちがどうのこうのって。
今もいるんですか?」
芽留副院長が振り返って私と津川さんを見ました。
「いるよ。
さっき、私が落ちそうになった時、大きな声で叫んでたし、今も心配そうな顔でこちらを見てるよ。
一人はなつさんて名前の女性で、もう一人は津川さんて名前の君と同じ歳くらいの男性。
津川さんは光輝君を見てると、昔の自分を見てるようで辛いみたいだね」
私と津川さんは顔を見合わせました。
「小さい頃はよく一緒に遊んだりしたおともだちだったけど、大きくなるにつれて、関わらないようにしてきた。
それでなくても変人扱いされてきたのに、これ以上変だと思われると、生きていくのが何かと大変だからね。
特に病院という場所はおともだちが沢山いるんだ。
幸い、長年おともだちを見たり、話を聞いたりしているうちに、同じように見えても、生きている人との違いはわかるようになったからね」
「死んだら皆おともだちになるんですか?」
「いいや。
ほとんどの人は死後の世界なのかどこかは知らないがどこかへ行くようだよ。
おともだちになってこの世界に残る人たちはどうしてなんだろうね。
何度か聞いたことあるけど、本人たちもわからないって言ってーー」
「芽留副院長!!
何!?
えっ!? 危ない!
そんなところで何してるんですか!?」
二人の話に聞き入っていて気がつきませんでしたが、中尾師長がいつの間にか屋上に上がってきてこちらに向かって走ってきます。
「中尾師長!
すいません。
あっ、3時半から患者さん家族との面談でしたね。
すっかり遅くなっちゃったな」
芽留副院長は立ち上がると、来た時とは見違えるような身軽さでフェンスを乗り越えました。
「えっ」
その素早い動作を見ていた光輝さんが驚きの声を上げました。
「わざとだったんですか?」
「さっ、君もそろそろこっちに戻りなさい」
フェンス越しに芽留副院長が光輝さんに声をかけます。
「さっき、わざとふらついたんですね。
もし、僕が腕を掴まなければ、先生落ちてしまってましたよね。
どうして僕が助けるって思ったんですか?」
「んーー。わからない。
でも、なんとなく君が助けてくれるような気がしたんだ」
「さっ、早く。
中尾師長に何を言われるかわからないーー」
芽留副院長に急かされた光輝さんは、諦めたように大きくため息をつくと、フェンスをよじ登ってこちら側に戻ってきました。
「芽留副院長! 一体どういうことですか!?
こちらは?」
走り寄ってきた中尾師長が少し怒ったような顔で二人を交互に見つめました。
「こちらは、たまたまおられた患者さんのお見舞いの方だよ。
いやーー、実はあんまり天気がいいもんだから二人で屋上から街並みを眺めながらコーヒーブレイクしてただけだよ」
「いい天気って、雨が降ってたんじゃないですか?
お二人とも濡れてるじゃないですか!?」
「中尾師長、3時半からの面談だよね。
時間すぎちゃってるけどまだ待っておられる?」
「あっ、そうだ。
6階面談室で家族さんお待ちです」
「よし、急ごうーー」
「そちらの方、そのままじゃ風邪ひいちゃいますよ。
体ふくバスタオルあるので、良かったら帰りに6階のナースステーションに寄ってくださいね」
中尾師長はユニフォームのポケットからハンカチを出すと、「全くもうーー、病院中探し回ったんですよー」などとぶつぶつ言いながら、雨に濡れた芽留副院長の髪や白衣を拭きながら歩いていきます。
芽留副院長は大丈夫、大丈夫と言いながらもとっても嬉しそうです。
しとしと降っていた雨はいつの間にか止んで、雲間から陽の光が射しています。
『虹!』
津川さんが指差す方を見ると、眼下に見える街へ続く橋のように虹がかかって見えます。
ちょうど、屋上から降りる扉の前にいた芽留副院長が、後ろを振り返って虹の方向を指して光輝さんに向かって言いました。
「虹だよ!」
「えっ、あらほんとだ。
きれいーー」
中尾師長はほんの一瞬虹を見ましたが、すぐに芽留副院長を急かせて二人は階段を降りていきました。
私と津川さん、光輝さんは、芽留副院長と中尾師長がいなくなってからもしばらく虹の方を見上げていました。
二人とも無事です!
側にいる津村さんが大きく息を吐く音が聞こえました。
どうやらフェンスを乗り越え、向こう側に着地しようとした時に、バランスを崩して屋上から落ちそうになった芽留副院長の腕を、すんでのところで光輝さんがつかんだようです。
「光輝君がいなければ、間違いなく落ちてたよ」
そう言うと、芽留副院長は光輝さんが座っていたように足を投げ出して座ると、ポケットから缶コーヒーを差し出しました。
光輝さんは、まだ先ほどの興奮が収まらない様子でしゃがみ込んでいましたが、しばらくすると黙って缶コーヒーを受け取り芽留副院長の横に並んで座りました。
芽留副院長は缶コーヒーを開けると喉を鳴らして飲み干しました。
「光輝君がどうかは知らないけど、私は何回か死のうと思ったことがあるよーー。
ーーでもーー人はいつか死ぬんだしーー。
辛いこともいっぱいあったし、これからもきっと死にたくなることもあると思う。
でも、まあ人間、死ぬまでは生きていかなきゃ仕方ないかなーー」
「ーーおともだちーー。
さっき、おともだちがどうのこうのって。
今もいるんですか?」
芽留副院長が振り返って私と津川さんを見ました。
「いるよ。
さっき、私が落ちそうになった時、大きな声で叫んでたし、今も心配そうな顔でこちらを見てるよ。
一人はなつさんて名前の女性で、もう一人は津川さんて名前の君と同じ歳くらいの男性。
津川さんは光輝君を見てると、昔の自分を見てるようで辛いみたいだね」
私と津川さんは顔を見合わせました。
「小さい頃はよく一緒に遊んだりしたおともだちだったけど、大きくなるにつれて、関わらないようにしてきた。
それでなくても変人扱いされてきたのに、これ以上変だと思われると、生きていくのが何かと大変だからね。
特に病院という場所はおともだちが沢山いるんだ。
幸い、長年おともだちを見たり、話を聞いたりしているうちに、同じように見えても、生きている人との違いはわかるようになったからね」
「死んだら皆おともだちになるんですか?」
「いいや。
ほとんどの人は死後の世界なのかどこかは知らないがどこかへ行くようだよ。
おともだちになってこの世界に残る人たちはどうしてなんだろうね。
何度か聞いたことあるけど、本人たちもわからないって言ってーー」
「芽留副院長!!
何!?
えっ!? 危ない!
そんなところで何してるんですか!?」
二人の話に聞き入っていて気がつきませんでしたが、中尾師長がいつの間にか屋上に上がってきてこちらに向かって走ってきます。
「中尾師長!
すいません。
あっ、3時半から患者さん家族との面談でしたね。
すっかり遅くなっちゃったな」
芽留副院長は立ち上がると、来た時とは見違えるような身軽さでフェンスを乗り越えました。
「えっ」
その素早い動作を見ていた光輝さんが驚きの声を上げました。
「わざとだったんですか?」
「さっ、君もそろそろこっちに戻りなさい」
フェンス越しに芽留副院長が光輝さんに声をかけます。
「さっき、わざとふらついたんですね。
もし、僕が腕を掴まなければ、先生落ちてしまってましたよね。
どうして僕が助けるって思ったんですか?」
「んーー。わからない。
でも、なんとなく君が助けてくれるような気がしたんだ」
「さっ、早く。
中尾師長に何を言われるかわからないーー」
芽留副院長に急かされた光輝さんは、諦めたように大きくため息をつくと、フェンスをよじ登ってこちら側に戻ってきました。
「芽留副院長! 一体どういうことですか!?
こちらは?」
走り寄ってきた中尾師長が少し怒ったような顔で二人を交互に見つめました。
「こちらは、たまたまおられた患者さんのお見舞いの方だよ。
いやーー、実はあんまり天気がいいもんだから二人で屋上から街並みを眺めながらコーヒーブレイクしてただけだよ」
「いい天気って、雨が降ってたんじゃないですか?
お二人とも濡れてるじゃないですか!?」
「中尾師長、3時半からの面談だよね。
時間すぎちゃってるけどまだ待っておられる?」
「あっ、そうだ。
6階面談室で家族さんお待ちです」
「よし、急ごうーー」
「そちらの方、そのままじゃ風邪ひいちゃいますよ。
体ふくバスタオルあるので、良かったら帰りに6階のナースステーションに寄ってくださいね」
中尾師長はユニフォームのポケットからハンカチを出すと、「全くもうーー、病院中探し回ったんですよー」などとぶつぶつ言いながら、雨に濡れた芽留副院長の髪や白衣を拭きながら歩いていきます。
芽留副院長は大丈夫、大丈夫と言いながらもとっても嬉しそうです。
しとしと降っていた雨はいつの間にか止んで、雲間から陽の光が射しています。
『虹!』
津川さんが指差す方を見ると、眼下に見える街へ続く橋のように虹がかかって見えます。
ちょうど、屋上から降りる扉の前にいた芽留副院長が、後ろを振り返って虹の方向を指して光輝さんに向かって言いました。
「虹だよ!」
「えっ、あらほんとだ。
きれいーー」
中尾師長はほんの一瞬虹を見ましたが、すぐに芽留副院長を急かせて二人は階段を降りていきました。
私と津川さん、光輝さんは、芽留副院長と中尾師長がいなくなってからもしばらく虹の方を見上げていました。