第53話

文字数 647文字

桜川(さくらがわ)さん、森本さんの準備OK?」

「はい、書類関係は確認しました。
あとは本人さんの荷物だけです。
今から行って最終確認してきます」

 今日は623号室の森本さんが瀧川病院に転院する日です。
 裕子(ゆうこ)さんは、ナースステーションのカウンターに、瀧川病院に引き継ぐ書類や薬剤をまとめた紙袋を置くと、623号室に向かいました。

「森本さん、失礼します」

「桜川さん、もう行きますか?
私は準備できてますよ」

「わかりました。
そしたら今から転送の救急車呼びますね」

「その前に少しだけーー。
桜川さん、これーー、良かったらもらってくれないかしらーー」

 森本さんは小さな箱を裕子さんに差し出しました。

「開けてもいいですか?」

「もちろん」

 裕子さんはまるで壊れやすいガラス細工が入っているような、そんな優しい手つきで箱を開けました。

「腕時計ーー。
それに綺麗なハンカチが沢山ーー」

「私の大事な人からもらった大切なものなの。
どうしてもーー、どうしてもこれだけは無造作に捨てられたくなくてーー。
身寄りもいないし、他に譲れる人も思い当たらないし。
桜川さんだってこんな物もらったって迷惑だってわかってるんだけどーー。
どうしても処分できなかったの」

「迷惑だなんてとんでもないーー。
森本さん、私大切にーー、大切にしますーー」

 裕子さんは溢れ出る涙を拭いもせず、箱を抱きしめました。

「ありがとうーー。
はいっ、これでもう何も思い残すことは無くなったわーー
桜川さん、本当に色々ありがとうーー」

 そう言うと、森本さんは裕子さんを優しく抱きしめました。
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