第49話

文字数 1,333文字

桜川(さくらがわ)さん、お父様の退院来週に決まったそうね」

「はい。
ありがとうございます」

 東主任に返事をする裕子(ゆうこ)さんの顔はどこか吹っ切れた気がします。
 昨日、日向(ひな)さんたちとのお出かけで気分転換できたのと、帰り道で日向さんに自分の気持ちを吐き出すことができたせいかもしれません。

「主治医、芽留(める)副院長でしょ?
退院前の食事指導の指示書もう書いてくれてたはずだから、管理栄養士さんと早めに面談設定しといた方がいいわよ」

「了解です」

 そう言うと裕子さんはカウンターのパソコンで、早速電子カルテを開いているようです。
 その姿を見ていた中尾師長が、日向さんを手招きしながら面談室へ誘導しています。
 東主任も気配を感じて二人に続きます。
 パタンと面談室の扉を閉めると、中尾師長が口を開きました。

「桜川さん、元気出てきたみたいね」

「はい。
実は昨日、元気のないユッコを心配した三久路(みくろ)君が遊びに誘ってくれてーー。
その帰りに二人で話したんです。
ユッコも気持ち吐き出してくれてーー。
ユッコもお父さんと同じようにお兄さんのこと心配してるんです。
でもどう接していいかわからないみたいでーー」

「そうーー。
お父様、息子さんのことでどこか受診したり公的機関に相談に行ったりはしてるのかしら?
私も専門じゃないから詳しくはわからないけど、引きこもりの公的センターなかったっけ? とんちゃん」

「あーー、確か、引きこもり地域支援センターだったかな。
うちの市にもあると思います。
地域包括の西沢さんに聞けば教えてくれると思いますよ」

「西沢さん!
そうね、私西沢さんのとこに今から聞きに行ってくるわ!」

 言うや否や面談室から出ていく中尾師長は、まるで今から恋人にでも会いに行くような可愛い笑顔です。
 なぜか、というと西沢さんに失礼ですね、中尾師長は西沢さんのことが大好きなようなのです。
 中尾師長の変わった指向のせいもあるようですが、西沢さんはお仕事がとっても真面目で、少し照れ屋さんのナイスカツラガイなのです。
 可愛い子犬を見るような目で中尾師長を見送った東主任、日向さん、私は思わず顔を見合わせて微笑みました(もちろん東主任に私は見えていませんが)

 日向さんと東主任がほっこりした気持ちでナースステーションに戻ると、バタバタと動き回るスタッフをカウンターの窓口から伺うようにしている青年がいます。
 ちょうど窓口の下で裕子さんが電話をしていますが、パソコンの画面を見ながら話しているので、窓口の青年には全く気がついていないようです。先ほどのお父様の件で、栄養士さんと話しているのでしょう。
 慌ててカウンターまで駆け寄った日向さんが、窓口を覗き込んでいた青年に声をかけました。

「お待たせしました。
入院患者さんのお見舞いの方ですか?」

「あっ、あーーーー」

 青年が突然後退りしたので日向さんは驚きましたが、青年はすぐに窓口まで戻ると、つぶやくような小さな声で言いました。

「父がお世話になっております。
桜川和夫の家族の者です。
父の病室は何号室でしょうか?」

 何とか聞き取れた日向さんと私がえっ! と驚いて声を出すのと同時に

「お兄ちゃん!」と言う裕子さんの声に、またまた私と日向さんは顔を見合わせてえーー!! と大きな声で驚いたのでした。
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