第59話

文字数 1,684文字

「あっ古和(こわ)先生、下の検査もう終わったんですか?」

「あーー、はい。
師長さん、何か?」

「605の三橋さんって先生の患者さんですよね?」

「三橋ーー、あーーはいはい。
肺炎のおじいちゃんね?
そうですよ。 
彼がどうかしました?」

「もう良くなったからすぐに退院させろーーってうるさいんです。
先生から言い聞かせてあげてくれませんか?」

「やれやれーー、またですかーー。
何度言ったらわかるんだーー、全くーー。
あのおじいさん、話長いんだーー」

「昼間、だいぶゴネてて東主任が対応してくれたんですけど、大変だったみたいでーー。
古和先生が主治医としてきちんと対応してくれたらとんちゃん、すんごく助かると思うんだけーー」

「なんですって!?
それはいけないなあ!
僕が今からすぐ行って三橋さんに現在の病状と経過を詳しく説明ーー」

 そこまで言うと、古和先生は突然体をブルブルっと震わせました。

『悠花ちゃん! 菜那ちゃん!
ダーーメーーでしょ!?』

『えーー!
なつさん、このおじさん、患者さんじゃないよーー』

『そうだよーー。
悠花たち、なつさんの言ったことちゃんと守ってるもーーん』

 二人はそう言いながら古和先生の周りで戯れあって遊んでいます。
 そうこうしているうちに古和先生の顔が見る見る青ざめていきますーー。

『こーーらーー。
いいからこっち来なさい!
二人とも古和先生が私たちのことは見えなくても感じてくれてること知っててやってるんでしょう?
ダメよ、いたずらしちゃーー』

 二人は『はーーい、つまんないのーー』『あのおじちゃんにひっつくとブルブルするから面白いのにーー』などと言いながら私の両手を掴んで、古和先生から離れました。

「古和先生?
どうかしました?
体調悪いようでしたら、三橋さんの件は明日以降で大丈夫ですよ?」

 心配した中尾師長が古和先生に声をかけます。
 しばらくぼーーっとしていた古和先生ですが、顔を左右に激しく振ると、「大丈夫です!」と返事するや否や605号室に向かって早足で歩いて行きます。が、途中くるっと振り返ると、心配そうに見送る中尾師長に向かって「東主任には三橋さんのことは僕に任せてください! とお伝えください」と言うと、下手くそなウインクをしました。



 寝静まった病棟に、今晩何十回目かのナースコールが響きます。

「あーーーーもう限界!
何も仕事出来ない!
ミクロ、605行ってーー。
今日の救急外来、東主任でしょ?
私今から下降りて、外来の様子見ていけそうだったら主任に相談してくるーー」

 言うが早いか衣良(いら)さんはナースステーションを飛び出して行きました。
 三久路(みくろ)君は605号室に飛んで行きます。
 残された金田さんはぐったりとカウンターに突っ伏しましたーー。
 
 先日、古和先生に諭されてからは、しばらくおとなしくしていた三橋さんでしたが、再びここ数日、何かにつけてナースコールを押しては看護師さんたちを呼び出し、無理難題を言うことが多くなっていました。
 そこへきて、今晩は夜勤帯に入ってからひっきりなしにナースコールを押し続け、たまりかねた金田さんが面会時間外にもかかわらず三橋さんの息子さんに連絡し、来院して対応してもらったところです。
 先ほど息子さんが帰られたと思ったら、今度は嫁を呼べと言ってきかない三橋さんに、今晩の夜勤勤務者である金田さん、衣良さん、三久路君の三人はほとほと困り果てているようです。
 特にせっかちオブザイヤーの衣良さんに至っては、三橋さんのせいで夜勤帯の仕事が全く進まずイライラ度マックスで今にもビックバンを起こしそうな勢いです。

「あっ衣良さん、どうだった?
主任と話出来た?」

「うん、あと一人対応したら時間空くみたいだから上がってきてくれるってーー。
フーーーーッ。
ミクロまだつかまってんの?」

「うん。
ミクロには悪いけどもう少しだけ頑張ってもらって、主任上がってきたら対応変わってもらうことにして、その間に二人で仕事片付けちゃわない?」

「了解ーー」

 まあそこからのベテラン二人の本気仕事の手際の良さったらーー。
 惚れ惚れしてしまいます。
 三久路君のことも少し気になりますがーー。
 
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