第26話

文字数 1,886文字

 それから3ヶ月と少し経った頃、里奈さんが両手に大きな紙袋を持って病棟に現れました。

「師長さんはじめ、スタッフの皆さん。
その節は母が本当にお世話になりました」

 ナースステーションの入り口で深々と頭を下げる里奈さんに中尾師長や日向(ひな)さんが駆け寄ります。

「里奈さん、先日瀧川病院からうちにも連絡が入りました。
美津子さん、お亡くなりになったってーー」

「はい、あちらの先生やスタッフさんにも本当に良くしていただいて。
少しづつ弱っていく母を見るのは辛かったですが、穏やかに最後を迎えることができました。
先週お葬式も済ませて、実家の片付けも何とかできたので、明日の飛行機で家に戻ります」

「そうですか。あっ、今日は晴香ちゃんは?」

「兄が、帰る前に遊園地に連れていくってきかなくてーー」

古和(こわ)先生が?」

「はい、これも本当に師長さんのおかげです。
あの時、無理にでも兄を救急車に同乗させてくださったことがきっかけで、少しづつ母と兄の距離が縮まってーー。
最後、兄と一緒に母を看取ることができました。
兄にしたら複雑な思いが色々あったはずです。
でも最後はそんな気持ちに(ふた)をして、純粋に母の息子として母を受け入れてくれました。
この病院に入院していなければ母と兄は今も他人のままだったと思います。
本当にありがとうございました」

 里奈さんはもう一度深く頭を下げました。

「あの、三久路(みくろ)さんは? 
晴香がお仕事中色々迷惑かけてしまってすいませんでした。
これ、お兄ちゃんに渡してほしいって」

 そういうと、里奈さんはリボンのついた小さな箱を取り出しました。

「晴香がお兄ちゃんにプレゼントするって。折り紙で作った動物と似顔絵書いたみたいです」

「わーー、そうなんですか。
ーーーー。
生憎今日は三久路、お休みでして。
私から晴香ちゃんのこと伝えておきますね」

「そうですか、くれぐれもよろしくお伝えください。
それと、これは皆さんでよろしかったらどうぞ」

 そういうと、大きな紙袋を日向さんたちに渡すと、何度もお辞儀をして、里奈さんは帰って行きました。


富永(とみなが)さん、桜川(さくらがわ)さん、今ちょうど日勤スタッフ休憩室でお昼食べてるでしょ。
いただいたお菓子、皆に佐々木さんからって言って食べてもらってーー」

「はい」

「それとーー。
三久路君へのプレゼント、ロッカーに入れておいてあげてくれる?」

「わかりました」




「ねえ、ユッコ、ミクロのやつ、まさかこのまま辞めたりしないよね?」

「まさかーー」

「だよねーー」

 コンコンーー。

「失礼します。
これ、佐々木さんの家族さんからの御礼のお菓子です。
皆さんでどうぞって」

 わーー、これなかなか手に入らないやつじゃん、私この前テレビで行列してるの見た、休憩室にいた5、6人のスタッフは里奈さんが持ってきたお菓子の話題で盛り上がっています。

「あっ、金田さん、今度こそ私正解だと思うんですけど」

「桜川さん、何? 言ってごらん」

「応援する、からの、頑張れ、からの、励ます! 
ズバリ、頭が薄い人のことじゃないですか!?」

「正解!」

「やったーー!」

 皆さんはもう何の話かすっかり忘れているでしょうが、裕子さんは金田さんからのなぞなぞの答えをずっと考えていたんですね。
 中尾師長が好きな男性のタイプは、ファイト! の人、つまりファイト! と応援し、励ます、そう! ハゲますーー、頭の毛が薄い人のことなんです。裕子さん、よく正解にたどりつきました!
  中尾師長、西沢さんとうまくいくといいですね。
 何? 何の話よ? 休憩室が一段とざわざわしてる中で、日向さんは三久路君のロッカーにそっと晴香ちゃんからのプレゼントを入れました。

 三久路君は最近仕事を休むことが多くなり、中尾師長はじめ、教育係の日向さんや裕子さんが心配しているところです。

「桜川さん、ミクロ、今日も休みなの? 
あいつ、新人のくせして最近よく休むよね」

 金田さんが大きな声で言いました。

「うーーん、ちょっと体調崩してるみたいですよ。
明日は新人研修もあるし来るんじゃないかと思います」

 何とか三久路君をかばいたい日向さんと裕子さんですが、このままでは病棟で三久路君が徐々に孤立していってしまいます。
 私の中では三久路君が休みがちになったきっかけに心当たりがあります。きっと、日向さんや裕子さんも同じことを考えていて、何とかしなくては、と思っているはずです。
 このお話は次の機会にお話ししますね。
 
 「あーー、先輩!ちょっと、残しておいて下さいよ!」

 そんなの知らないわよ、全部食べちゃおうーー、あーー美味しいーー、もう先輩ーー。

 城山病院の6階病棟は今日もとても賑やかです。
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