第54話

文字数 1,551文字

『津川さん、森本さんについていくんでしょ?』

『はい。
あの箱に入っている物は全部僕が秀子さんにプレゼントした物ですーー。

僕、施設で育ったんです。
親に会ったこともなくて、どんな人たちかも知りません。
高校出て、施設も出なくちゃいけなくなって、働きながら一人暮らししてたアパート近くで花屋さんしていたのが秀子さんでした。
会社の歓送迎会なんかで、いつも下っ端の僕が花束やプレゼントの準備させられてて、秀子さん、優しいから花束買うついでにプレゼントの相談なんかにもよくのってくれてたんです。
いつ行っても優しく接してくれて、辛い時やしんどい時にあこ行って秀子さんの顔見るとホッとしてました。
僕、家族いないからわからないけど、お母さんってこんな感じなのかなあって思ったりしてました。

働き出して数年後、部署異動になって、どうやっても上手くいかない時があってーー。
当時付き合ってた彼女と結婚の話も出てた時だったので、転職するとか、とりあえず仕事辞めて体休めるとかも考えられなくて、自分で自分をどんどん追い込んでしまったんです。
最後、アパートの部屋から出られなくなってしまってーー。
そんな時、秀子さんだけが僕の心の支えでした。
ほとんど家から出られなくなった時、秀子さんの顔だけでも見ようと死ぬ思いでお店まで出かけたんですが、事情によりしばらくお休みしますとだけ張り紙がしてあってーー。
その時、僕の心の糸が切れた音がしました。
僕はそのまま、近くのビルの非常階段を一番上まで上がりーーーーーー。

こんな姿になってからも何度かお店を見に行きましたが、秀子さんは体調を崩して何度も入退院を繰り返しているようでした。
秀子さんの体調や、よくお店に顔を出していた僕が姿を見せなくなったことをどう思っているんだろうって色々気になりましたが、母親のように特別な感情を持っていたのは僕だけで、秀子さんにしたら僕なんて大勢いるうちの客の一人でしかなかったんだと思ってからは、お店を見に行くこともしなくなりました。

秀子さんが城山病院に通院しているのは知っていましたが、この病棟に入院してきた時はさすがに驚きました。
病状が良くないことを知ってとてもショックでしたーー。

秀子さん、僕のことなんてもうとっくに忘れてると思ってたんですーー。
でもこの前、秀子さんが裕子(ゆうこ)さんにあげたハンカチや、先ほどの箱に入っていた腕時計や何かを見てーー。
あれらは全部僕が秀子さんにプレゼントしたものなんです。

お店に寄る度に晩御飯のおかずや何かを持たせてくれることがよくあって、僕はお返しに時々ハンカチをプレゼントしていました。水を使うお仕事なんで、秀子さん、いつも首から使い古したタオルをかけてよく手を拭いてたんです。
毎日使う物がいいだろうと僕なりに綺麗なハンカチを選んであげていたつもりでしたが、実際に使っているところを見たことがありませんでした。柄が気に入らないのかなと思っていましたが、あんなに大事に取っておいてくれてただなんてーー。

腕時計もそう。
秀子さんの花屋さん、壁に時計かけてあるんですけど、段々に並べられたお花で隠れてしまっていつもはっきりした時間見えなくてーー。
僕がお店に行くと、いつも、「津川君、今何時?」って僕に時間聞くんです。
それで、そんなに高級のじゃないんだけど、僕なりに奮発(ふんぱつ)して、その年の母の日に秀子さんに腕時計をプレゼントしました。
でも、それも使ってるの見たことなかったから使ってくれないんだって思ってたんですけど大事に取っておいてくれてたんですね』

 津川さんはポロポロと涙を流しながら森本さんとの想い出を話してくれました。
 
 それから津川さんは、なつさん、さようならーーと言うと、にっこりと微笑みを残して森本さんと共に瀧川病院に移っていきました。
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