第62話

文字数 1,021文字

「葉山さん、調子はどうだい?」

「ーー院長先生ーー」

 少し前から起き上がることも難しくなってきている葉山さんですが、今日はベッドの頭の角度を上げ、座っているような姿勢で笑顔を見せてくれました。

『ねえねえーー、真弓さん、それからどうしたの?
菜那、お話の続き聞ーーきーーたーーいーー』

『菜那、ダメだよ。
真弓さん、このおじいさんとお話しあるみたいーー』

「また後でねーー」
 
 真弓さんはそう言うと、私に向かって、お願いしますと言うように軽く頭を下げました。

「ん?
後でって何が?」

「いえ、何でもないです」

 姿を見かけないと思ったら今日も悠花ちゃんと菜那ちゃんの二人は真弓さんの病室にいたんですねーー。
 体調がどんどん悪くなる真弓さんに負担をかけてはいけないと、二人には彼女の病室にはあまり行かないよう諭してはいるのですが、彼女は、二人を可愛がってよく遊び相手をしてくれているようでした。

「今日は気分がいいですよーー。
こうやってベッドの角度を上げてお話ししてても苦しくないしーー」

「そうかい。
それは良かったーー」

「それより、院長先生の方が顔色悪いんじゃないですか?」

 それは私も気になっていたところです。
 最近の政光(まさみつ)さんは顔色があまり良くなく、どことなく体調が悪いのではないかと感じています。

「最近ちょっと忙しくてねーー。
医者の不養生って言われないように気をつけるよ。
葉山さんは他人の心配できるくらい元気ってことだねーー」

 城山院長は世間話をしながら真弓さんの診察を終えると、真面目な顔になって、ベッド脇の椅子に座りました。

寛人(ひろと)くんのことだけどーー。
僕から一度話してみようか」

「ありがとうございます。
でも院長先生、私はもういなくなるんですからどういう形ででもいいんです。
残る寛人が後悔しないようにーー。
私の希望は、ただ、それだけなんです。
私が少しでも、たとえ1秒でも長く生きてほしいーー、寛人がそう思っているんでしたらそのようにしてください。
院長先生やスタッフの皆さんにはご迷惑になるかもしれませんけどーー」

「んーー。
真弓さんの言いたいことはわかるんだがーー。
こんなこと本人の前で言うのは気が引けるんだが、最期の時に、薬品を使って少しの時間寿命を伸ばしたり、心臓マッサージをすることが、本当に寛人くんのためになることだろうかーー」

「ーーいいんですーー。
どうか、それだけは先生、お願いしますーー」

 真弓さんはしっかりと政光さんの目を見つめたまま言いました。
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