第10話

文字数 2,127文字

「ワッ、ちょっと、古和(こわ)先生、どうしたんですか?」

 ナースステーション横の処置室のベッドに横になっている古和先生を見つけた中尾師長は驚いた声をあげました。

「ちょっと気分が悪いんだ。少しだけ横にならせてもらうよ」

 古和先生はどうやら私達と関わると気分が悪くなるようです。よく病院で働けているなあといつも感心してしまいます。
 少し失礼な気もしますが、私たちソウルが
目に見えている人より、古和先生のように“感じる“だけの人の方が、気分を害されることが多いようです。
 正体不明の何かに心身が恐怖と危険を感じているのでしょうか?

 
 中尾師長に続いて処置室に入って来たのは東主任に三久路(みくろ)君、日向(ひな)さん、そして山下さん!

「菊栄さん! 本当に無事で良かったです。心配したんですよ」

 中尾師長は今にも泣き出しそうです。

「何心配することあるんね。
ちょっと夕飯の買い物に出掛けただけやのに。
でも皆にそんな心配かけてたんなら謝らんとあかんなあ。悪かったなあ」

 そう言うと菊栄さんは頭を下げました。

「それにしてもこのお姉ちゃんは喧嘩っ早くてびっくりしたでーー」

 東主任と三久路君の話によると、先に猛ダッシュしていった三久路君が菊栄さんを見つけたのは、病院から少し離れたコンビニの前でした。
 息子さんの晩御飯の買い物をしようと、目についた近場のお店に行ったのでしょう。
 そのコンビニの前で菊栄さんが、高校の制服を着た若者と言い争っていたそうです。

 コンビニの入り口横で、あぐらをかいてお弁当を食べていた5人組の男女に、菊栄さんは、こんなところで地面に座ってご飯を食べるなんて行儀が悪いし周りの人にも迷惑だから止めなさい、と注意していたそうです。
 最初は無視していた若者たちでしたが、あまりにしつこく説教する菊栄さんに、一人の男子学生が立ち上がって、うるさいババア! あっち行けなどと大きな声を出して近づいてきたところに三久路君登場です。
 すかさず間に入って菊栄さんを守ろうとしたところに、学生たちが何だお前、関係ないだろうなどと今度は三久路君を取り囲んで一触即発! と、ここで登場したのが我らが東主任です! 

 ガキは引っ込んでな! と言ったかどうかは定かではありませんが、なんだ、もう一人ババアがきた、の声にさらに逆上した東主任が三久路君の肩をつかもうとしていた一人の男子学生の手を掴むと、瞬く間に後ろに組み上げました。
 そして次々襲ってくる若者をバッタバッタと倒してーーいったかどうかまでは分かりませんが、まあ菊栄さんを怪我一つなく連れ戻せたのは、東主任と三久路君のおかげなのは間違いありません。

 最後に、この私にケンカで勝とうなんて百万年早いんだよ! と、決め台詞を放ったそうで、これでまた一つ、東伝説の出来上がりです。

 青白い顔でベッドで横になって東主任の武勇伝を聞いていた古和先生は、いつの間にかベッドから起き上がってキラキラした目で東主任を見ていました。



「菊栄さん!」

 処置室の扉が開くと同時に恵さん、町田さん、高山さんの3人がなだれこんで来ました。

「菊栄さん、もう心配したんですよーー」

「私たち気が気じゃなくて。菊栄さん怪我でもしたらどうしょうってーー」

「ホントに良かったーー」

 3人は菊栄さんを囲みながら泣いています。
 菊栄さんも中尾師長も東主任も、日向さん、三久路君、皆つられて泣いています。
 私も日向さんと目を合わせて涙を拭いました。

「皆にこないに心配かけてホンマに悪かったわーー。堪忍してやあ。
わてはなんて幸せ者なんやろなあ。
こないにわてのこと心配してくれる人がぎょうさんおるなんてーー」

 菊栄さんは涙を手で拭いながら言いました。

「それで、オタクらどちらさんかいなあ?」

 その場にいた全員が一瞬動きを止めて、そして、全員で菊栄さんを抱き抱えるようにして笑いました。

 
 菊栄さんたち615号室の皆が連れ立って病室に戻って行った後、日向さんは気になっていた恵さんの旦那さんとの面談内容を中尾師長から聞きました。

「そうですかー。やっぱりあのブレスレット、恵さんにとって特別な物だったんですね。ホントにどこいっちゃったんだろーー」
 
 日向さんがフーーッとため息をつきました。

「ん? ブレスレット?」

  古和先生! そうです! あのブレスレットです! その調子です!

「何? かっくん、立川さんのブレスレットどこにあるか知ってるの?」

「かっくん?」

「オホン、オホン!」

 中尾師長が白々しく咳払いをしながら東主任に向かって目くばせしました。東主任と古和先生が付き合っていることを知っているのは中尾師長だけなんですね。

「あーーっと、古和先生! 何か知ってるんですか?」

「うーーん、知ってるっていうか、ついさっき松川さんの病室に来てた女の子が、落ちてたブレスレット拾ったの見たんだけどーー」

「え! どんなのでした?」

「何色?」

「立川さんのだった?」

 3人が同時に叫んだので古和先生はびっくりして固まってしまいました。

「もういい! とんちゃん、松川さんって特別室だよね?」

「そうです!」

 そう言いながら3人はもう走り出しています。

 フーーーー。こわがり先生、やっと仕事してくれましたね。
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