第37話
文字数 1,661文字
コンコン、とノックをして622号室に入ると、ちょうど三久路 君が介助し浩一さんが薬を飲んでいるところです。
しばらくすると薬を飲んだからという安心からか先程より少し落ち着いた様子の浩一さんに、その場にいる全員がほっとしました。
『芳子さん、少し休まれたらどうですか?』
私はベッドに横になった浩一さんの背中や胸をずっとさすっている芳子さんに向かって声をかけました。
芳子さんは私の方を見るとニッコリ微笑んだだけで、何も言わずそのまま浩一さんの背中をさすり続けました。
芳子さんの手の感覚が浩一さんに伝わっているはずはないのですが、芳子さんがそうすると、心なしか浩一さんの苦しみがいつも少し和らぐような気がします。
芳子さんは所作が美しい70代くらいの女性で、一年ほど前からここ城山病院でお見かけするようになりました。
会うと、ごきげんようと挨拶をしてくれるくらいで、言葉少なく、微笑みを返してくれるだけのことが多いです。
ですので、芳子さんの生前の詳しいことはわかりませんが、生前も、そしてソウルになった今も、とても気持ちの優しい方だと思います。
痛みを訴える患者さんの側で患部をさすっている芳子さんの姿をよく見かけますからーー。
でも浩一さんが入院してきてからは、この病室で過ごす時間が多いようです。
「ありがとうございます。少し落ち着いたみたいです」
目を閉じて規則正しく呼吸を繰り返している浩一さんを見て、日向 さんは三久路君に血圧測定をするように言うと、洋子さんを病室の外に呼び出し、師長と共に面談室に入りました。
「お話しさせてもらっている件なんですがーー」
中尾師長が切り出しました。
「ーーーー。
あのーー、実はーーまだーー、決心がつかなくてーー」
「そうですか。
ご家族で相談はされてるんですね?」
「はい。
義理の父と母は、浩ちゃんの苦しむ姿は見たくないと。
なるべく自然な形でと。
そう言っています。
でもーー、でもーーーー」
そこまで言うと洋子さんの目から涙が溢れました。
浩一さんの病態は日に日に階段を降りるようにガクンガクンと悪くなっていきます。
能見 先生と洋子さん、浩一さんのご両親を交えて何度も面談を行いましたが、洋子さんとご両親の意見に相違があり、浩一さんの最期をどう迎えるか、決められないまま浩一さんの病状だけがどんどん悪化している状態が続いていました。
「私ーー、まだ浩ちゃんのこと諦められなくてーー。
眠っている時間が多くはなってきているけど、それでもまだ時々はしっかり起きて、会話もできるし、子どもとも楽しそうに話してるんです。
その強い痛み止めの点滴すると、能見先生がもう会話できなくなるかもしれないし、もしかしたらそのまま逝ってしまうかもしれないってーーーー。
私、そんなの絶対嫌です!」
そう言うと洋子さんは手で涙を拭い、しっかりとした目で中尾師長を見ました。
「雅子さん、三山さんから返事ありました?」
「能見先生、それがーーーー。
まだなんです。
浩一さんのご両親と意見がまとまらないらしくてーー」
「もう一度面談しましょうか?
今どなたが付き添いしてるんです?」
「奥様の洋子さんがお一人で」
「んーーーー。
もういつ何時急変してもおかしくない状態です。
このままだと、心停止した時、CPRすることになりますけど、それが患者本人にとって最善のことだとは、僕は思えません」
「ええ、そうですね。
呼吸困難も酷くなってきてるようだし、セデーションの件もお話してるんですがーー」
その時です。
ピコーーンピコーーンピコーーン。
モニターの大きなアラーム音がナースステーションに響きました。
「三山さんです!」
モニターを確認した中尾師長が叫んだ時には三久路君はもうナースステーションを飛び出していました。
モニターの波形をしばらく見ていた能見先生は、まずいな、と小さくつぶやくと、近くにいた日向さんに「救急カート持ってきて」と告げると、ナースステーションを飛び出していきました。
しばらくすると薬を飲んだからという安心からか先程より少し落ち着いた様子の浩一さんに、その場にいる全員がほっとしました。
『芳子さん、少し休まれたらどうですか?』
私はベッドに横になった浩一さんの背中や胸をずっとさすっている芳子さんに向かって声をかけました。
芳子さんは私の方を見るとニッコリ微笑んだだけで、何も言わずそのまま浩一さんの背中をさすり続けました。
芳子さんの手の感覚が浩一さんに伝わっているはずはないのですが、芳子さんがそうすると、心なしか浩一さんの苦しみがいつも少し和らぐような気がします。
芳子さんは所作が美しい70代くらいの女性で、一年ほど前からここ城山病院でお見かけするようになりました。
会うと、ごきげんようと挨拶をしてくれるくらいで、言葉少なく、微笑みを返してくれるだけのことが多いです。
ですので、芳子さんの生前の詳しいことはわかりませんが、生前も、そしてソウルになった今も、とても気持ちの優しい方だと思います。
痛みを訴える患者さんの側で患部をさすっている芳子さんの姿をよく見かけますからーー。
でも浩一さんが入院してきてからは、この病室で過ごす時間が多いようです。
「ありがとうございます。少し落ち着いたみたいです」
目を閉じて規則正しく呼吸を繰り返している浩一さんを見て、
「お話しさせてもらっている件なんですがーー」
中尾師長が切り出しました。
「ーーーー。
あのーー、実はーーまだーー、決心がつかなくてーー」
「そうですか。
ご家族で相談はされてるんですね?」
「はい。
義理の父と母は、浩ちゃんの苦しむ姿は見たくないと。
なるべく自然な形でと。
そう言っています。
でもーー、でもーーーー」
そこまで言うと洋子さんの目から涙が溢れました。
浩一さんの病態は日に日に階段を降りるようにガクンガクンと悪くなっていきます。
「私ーー、まだ浩ちゃんのこと諦められなくてーー。
眠っている時間が多くはなってきているけど、それでもまだ時々はしっかり起きて、会話もできるし、子どもとも楽しそうに話してるんです。
その強い痛み止めの点滴すると、能見先生がもう会話できなくなるかもしれないし、もしかしたらそのまま逝ってしまうかもしれないってーーーー。
私、そんなの絶対嫌です!」
そう言うと洋子さんは手で涙を拭い、しっかりとした目で中尾師長を見ました。
「雅子さん、三山さんから返事ありました?」
「能見先生、それがーーーー。
まだなんです。
浩一さんのご両親と意見がまとまらないらしくてーー」
「もう一度面談しましょうか?
今どなたが付き添いしてるんです?」
「奥様の洋子さんがお一人で」
「んーーーー。
もういつ何時急変してもおかしくない状態です。
このままだと、心停止した時、CPRすることになりますけど、それが患者本人にとって最善のことだとは、僕は思えません」
「ええ、そうですね。
呼吸困難も酷くなってきてるようだし、セデーションの件もお話してるんですがーー」
その時です。
ピコーーンピコーーンピコーーン。
モニターの大きなアラーム音がナースステーションに響きました。
「三山さんです!」
モニターを確認した中尾師長が叫んだ時には三久路君はもうナースステーションを飛び出していました。
モニターの波形をしばらく見ていた能見先生は、まずいな、と小さくつぶやくと、近くにいた日向さんに「救急カート持ってきて」と告げると、ナースステーションを飛び出していきました。