第1話

文字数 2,400文字

 
 朝8時45分になると、バタバタと動いていたスタッフがピタッと動きを止め、ナースステーション内が一瞬静かになります。


「それでは朝礼始めます。今日の退院予定は603の多田さん11時、605の佐山さん13時、612の安川さん15時の3名です。
入院予定は621に吉田さん、628に竹川さん、あとは緊急入院も入るかもしれませんのでーー」
 
 
 今日も忙しくなりそうですね。

 今お話しているのは中尾雅子さんといって、ここ6階病棟の婦長さん、いえ、今は師長さんて呼ぶんですよね。
 スラっとした長身を真白なユニフォームで包んで背筋をピンと張って話す姿はいつ見ても惚れぼれします。
 和服が似合いそうな切長の目、ハキハキと話す少し鼻にかかったハスキーボイスが朝のナースステーション内に響きます。
 大人の女性の雰囲気をまとった美人で性格も素敵な人なんです。
 年齢は確か45歳前後だったと思います。
 少し早とちりなところがありますが、優しくて、患者さんや病棟スタッフのことをとても大切に思っています。

 長いこと婚活って言うんですか、結婚相手を探してはいるものの、なかなかゴールには辿り着けずにおられます。男性に対する好みが少し変わったところがあるようなのですがーー。
 そんなこといっているといつまでたっても独身のままかもしれません。
 どなたか良い方がおられましたらどうぞ、ご紹介いただければと思います。


「はい、それでは皆さん今日も一日よろしくお願いします」

「私達は、患者さんの立場にたち、意思を尊重し、心のこもった看護、介護を提供します。
医療従事者として深い愛と高い倫理観をもち、信頼と納得のいく、質の高い医療を目指します」
 
 中尾師長に続いて、夜勤、日勤看護師、看護助手、事務スタッフ合わせて二十人ほどの病棟スタッフが口々に唱和していきます。 
 今のは基本理念といって、ここ城山病院のスタッフが仕事をする上での目的というか、まあ目標みたいなものですね。
 ここ6階病棟だけでなく、各病棟でも朝礼時に、スタッフ全員が唱和することになっています。
 この唱和が終わると1日の始まりです。
 ほら皆がバタバタと動き出したでしょう?
 
 
 あっ、申し遅れました。
 私、名前をなつと申します。
 夏の暑い盛りに産まれたのでなつと名付けられました。
 まあ色々ありましたこの土地で長い年月を過ごして今日に至っております。どれくらい長いかと言いますとーー。

『あっ日向さん、おはようございます』

 今私に向かって小さい声でおはようございます、と声をかけてくれたのは富永日向(とみながひな)さんといいます。 
 
 小柄で丸顔の日向さんは、一目見ると高校生と言っても通じるほど幼く見えますが、看護師になって今年で5年目です。
 吸い込まれそうな大きな澄んだ瞳に笑うと笑くぼができるほっぺが可愛いいのですが、一旦仕事となるとガラッと印象が変わります。
 病室から病室へと移動する時はいつも小走りで、広い病棟を駆け回る姿はまるで蜜蜂のようです。
 新人看護師からようやく中堅看護師の仲間入りをしようかという時期で、経験も少しづつ増え、看護師という仕事にやりがいと楽しさを感じているようです。
 


「日向おはよ、ノミ先生が622の河合さんにCV入れるって。
ミクロ、CV介助ついたことないからやらせてあげたいんだけど、日向サポート入れる? 
今日ミクロの担当私なんだけど、朝から検査二つ入っててーー。
悪いんだけど」

 日向さんに声をかけてきたのは日向さんと同期入職の桜川裕子(さくらがわゆうこ)さんです。
 裕子さんも小柄ですが日向さんより少しふっくらした体型で、目下ダイエット中ということです。
 でも、裕子さんの可愛い雰囲気に合っていて私はそのままで十分だと思いますよ。
 日向さんとは仕事中の助け合いは勿論、プライベートでも何でも話し合える親友です。

「おはようございます!」

 裕子さんが隠れてしまいそうなくらいガッチリとした体型の男性が、裕子さんの横に立って大きな声で挨拶しました。
 彼は今年入職したばかりの新人看護師です。
 一年間は新人として先輩看護師と一緒に行動し、仕事を学んでいきます。
 ミクロというのは彼の本名で三久路と書きます。185センチでガッチリとしたスポーツマン体型の彼は、学生時代陸上の砲丸投げの選手だったそうです。

「いいよ、CV何時からの予定?」

「ノミ先生昼からの方が忙しいらしいから、午前中準備出来たら連絡入れることになってる」

「了解。じゃ、私615のバイタル行ってくるから、その間に三久路君、CV介助の必要物品準備して、手順確認しといて」

「はい! よろしくお願いします!」

 そう言うと三久路君は、大きな体を二つ折りにしてお辞儀をしました。




「富永さん、ちょっといい?

「はい」
 
 この方は東里美さん。
 ここ6階病棟の主任です。
 仕事がデキるのは勿論ですが、情に厚く後輩や下の者の面倒見が抜群です。
 長身で女性にしては肩幅も広く骨太な印象です。何かスポーツをされてるのでしょうか。
 顔立ちは目鼻立ちのしっかりとした一見性格のきつそうな印象を受けます。
 昔女暴走族のリーダーとやらをやっていたとかなかったとかーー。
 中尾師長とは長い付き合いのようで、お互いの足らないところを補い合う良いコンビです。

「今日615の立川さんの担当よね? 
何だか最近ちょっと様子が変なの。
来週オペだから落ち着かないとは思うんだけど。気をつけて様子みてあげてくれる?」

「はい、わかりました」
 
 
 615号に入院中の立川恵さんは、胃癌の診断を受けて来週手術の予定だとお聞きしています。
 素敵な旦那様と、可愛いお嬢ちゃんが病室に来られているのをよくお見かけします。
 その恵さんの様子が最近少しおかしいことは、私も気がついておりました。
 

 手際良く血圧計や聴診器などの道具を揃えると、日向さんは早速615号の病室へ向かいました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み