第62話 夏休み明けの皆の視線がww

文字数 2,345文字

夏休みはあっという間に過ぎていった。真琴はアルバイトでその大半を過ごし、施設ではピアノを演奏した。夏休みの宿題は早めに終わらせていたので夏休み最後の日に慌てるようなことはなかった。柿本蓉介からは遊園地に行ったあの日以来、連絡も来ないし、たまに会うとすれば公園に猫に餌をやりに行った時に偶然ばったりと会うくらいで、約束し時間を都合して会う事はなかった。



最初はぎこちなさをまだ引きずっていたが、次第にぽつりぽつりと会話を交わすようになった。九月になって学校が始まり、クラスメイト達は休みの間、会わなかった者同士、積もる話があるようで夏休みに何をしていたかという会話があちこちで花開いていた。



両親と海外へ旅行に行ったという自慢話や友達同士でディズニーランドに行った話などが聞こえてきた。中には自転車で日本列島縦断の旅をしたという男子がいて、顔が真っ黒に焼けて精悍な顔つきで旅の思い出話をしていた。また夏休みの間にあれやこれやとあって恋人同士にいつの間にかなっている男女のカップルもクラス内で何組かいて、他の生徒から冷やかしやからかいの言葉をかけられておちょくられていた。



そんなわいわい騒然とした中で真琴は誰とも話さず一人席に座り、他の生徒達の話など興味なんかないというように、頬杖をついてブスッとした表情をしていた。柿本蓉介が登校してきて、真琴の隣の机に鞄を置いて席に座った。ニコニコ顔を向けて彼が話しかけてきた。



「おはよう、真琴さん。あれから元気にしてた?」

「おはよう、特に変わりなく過ごしていたわよ。」



真琴は以前のように彼を冷たくあしらって無視せずに、挨拶を普通に返していた。そんな自分に驚いたのは他の誰よりも真琴本人だった。あの頃と比べれば考えられないことだった。他のクラスメイトに対する態度は相変わらず、無愛想だったが彼だけ特別だった。彼と過ごす内に心を少しずつだが、許してきた証拠なのだろうか。



「あれから絵を描いたんだけどやっぱり思ったとおり、いい絵が描けたんだ。やっぱり君と遊園地に言ってよかったよ。真琴さんに是非見て欲しいな。今度見に来てよ。」

真琴は慌てて彼の口を塞ごうとした。



「どうしたの?一体?」

「ちょっと・・。二人で遊園地に行ったなんて大声で言わないでよ。他の生徒達に聞かれたらどうするのよ。誤解されちゃうでしょうが。」

口にあてた手を離されてきょとんとした彼の耳に顔を近づけて、手を口で隠して内緒話をするように小声で言った。



「ああ、そうか。でも周りにどう思われてもいいんじゃない?勝手にさせておけば。まあ君のキャラは遊園地って感じじゃないものね。ぷぷ・・。」

彼は茶化すように言った。

「・・・殴るわよ。あなたはいいかもしれないけど私が嫌なの。変な噂がたったら学園生活に支障が出るでしょ。私は静かに過ごしたいの。わかる?」



真琴は少し頬を紅潮させ、彼をムスッと睨んで言った。

「フフ・・承知したよ。このことは内密にしておこう。でも絵は本当にいい出来だから君に見て欲しいよ。せっかく君が遊園・・・あそこに一緒に来てくれたんだし、その成果みたいなものを見て欲しいな。」

「仕方ないわねぇ、気が向いたら見に行ってあげるわよ。もう。」



真琴は笑みを少し控えて、お願いする彼を見て一つ息を吐いてやれやれという表情をして言ったが目尻が下がって自然と笑顔が浮かんでいた。彼もニコリとして満足そうに頷いた。



いつの間にか教室内が静かになっていることに気がついて真琴ははっとした。周りを見渡すとクラスメイト達は全員、楽しいおしゃべりをやめて皆、真琴と柿本に注目していた。驚いている顔、意外そうな顔、口をぽかんと開けている顔、化粧をする手を止めてそのままかたまった女子の顔、様々な生徒達の視線が真琴たちに集中していた。



真琴は今更ながらそそくさと前を向いて俯いた。クラスメイト達は真琴と彼が楽しそうに?お喋りしていることに驚いていたのだろう。彼とは教室内ではあの日、話しかけてくる彼を怒鳴りつけて以来、軽い挨拶こそすれ、一度もまともに話をしていない。



音楽室では話をしていたし、遊園地にも一緒に行った、猫がらみでも会っていた。だがそういったこともろもろのことをクラスの生徒達は全く知らないから、あの怒鳴りつけた日から今日までのうち、真琴と柿本しか知らない間の日々をすっ飛ばして今、彼と会話していた光景を目にしたことになる。



クラスの誰とも話さないぶっきらぼうな真琴が柿本と顔を合わして会話していたのだ。生徒達は驚いて一体何があったのだろうと意外な顔をするのは当然かもしれなかった。柿本の方を盗み見るようにチラリと見ると、彼はクラスメイト達を見渡してぽかんとした?顔をしていた。彼には恥じらいってものがないのかと真琴はますます赤くなり俯きがちになった。





放課後、真琴は掃除当番だったので箒を持って教室内をはいていた。この日はバイトもなく、特に予定がなかったのでのんびりと掃除をしていた。途中柿本が真琴に話しかけてきた。

「真琴さん、僕美術室にいるから、もし絵が見たくなったら来てね。」

「わかったわよ、何度も言わなくていいでしょう。」



真琴は箒に顎を乗せて呆れたように、でも笑顔で言った。じゃあ、と手を振って彼は教室を出て行った。真琴はしばらく彼が出て行ったドアの方を見つめていた。今日暇だし見に行ってやるか、とぼんやり考えていた。



はっとしてまわりを見るとまたしても教室に残った生徒達が、真琴の方をじっと見ていた。中には真琴の方をちらちら見てひそひそと何やら囁きあっている。真琴はぎこちなく無視をし何事もなかったかの様に箒で掃き始めた。もう、そんなに真琴が他の人と話すのが珍しいのか、ほっといて欲しいと真琴は少し立腹していた。
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