第30話 加奈ちゃん危うし、ハメられる

文字数 3,588文字

学校の一日が終わり、教室では決められた掃除当番のグループによって掃除が行われていた。掃除場所は教室、トイレ、廊下の三箇所でそれぞれのグループが分担している。今日は加奈の班が教室の当番だった。机を後ろに下げて箒で掃いていると、神楽坂が加奈に話しかけてきた。手に鞄を持っているところを見ると彼女は当番ではないらしいことがわかった。



「掃除が終わるまで待っててあげるから、一緒に帰りましょう。」

「え、でも待ってもらうの悪いよ。先に帰ってていいから。」

加奈と神楽坂が両方掃除当番の日は同じくらいに掃除が済むので途中までよく一緒に帰っていた。しかし今日は片方が初めて掃除当番でない日となったのである。加奈は待たせるのも悪いと思い、帰ってと言ったが彼女は首を横に振った。



「いいじゃない、別に。掃除にそんなに時間がかかるわけじゃないんだから。じゃあ正門で待ってるからね。」

神楽坂はそう言うと、加奈が何か言う暇もなく手を小さく振ってそのまま教室を出ていってしまった。こんな些細なことかもしれないけれど、加奈は新しい環境になって初めて友達が一人出来たことを実感し、胸に嬉しさがじんわり広がるのがわかった。



新しい学校に転校してきて、知り合いも味方もいない場所で一時はどうなることかと強い不安を抱いたが、神楽坂がいてくれて本当に良かったと思っている。加奈が母の死のショックで、現実を見据えるピントがずれていて非現実的だったのを、神楽坂と言葉を交わしたり共に過ごしていくことで、そのずれが直るのと心が安定するのを早めてくれたようだった。



もし彼女がいなければ加奈はまだ今頃、虚ろな状態のまま日々を過ごしていたかもしれないのだ。彼女には感謝してもしたりないくらいだった。

加奈はわざわざ待ってくれている神楽坂を待たせては悪いと、急いで掃除をやり終えた。鞄を持って教室を出るとまっすぐ階段を駆け下り、正門へと向かおうとした。



一階までたどり着き、廊下を小走りにいくと校舎から中庭に出る入り口があり、そこから正門が見えた。門の隅にもたれて神楽坂が風に髪をなびかせて手に鞄を提げて待っている。加奈は小走りからスピードを上げて校舎から中庭に出ようとする時だった。



入り口に三人の生徒の影が加奈の行く手を遮るように立ちはだかった。加奈は思わずあっと、ブレーキをかけ、前につんのめりそうになって後ろに転んで尻餅をついてしまった。少しお尻を強く打って加奈はいたた、と声を漏らした。後ろに両手をつき、加奈は入り口の方を見上げた。



「ちょっといいかしら。」

そこに立っていたのは愛を中心に、左右に男子、女子の三人だった。皆加奈のクラスメイトであり、以前加奈が教室で昼休みに一人ぼおっとしていた時に何かよからぬことをしようと近づいてきた三人だった。彼らの顔には皆以前と同じように嫌な感じの笑みが浮かんでいる。



やはり彼らはあの時から加奈に目をつけていたのだ。加奈は背筋が寒くなるのを感じた。このままだと彼らに何かひどいことをされるに違いないと瞬時に加奈は悟った。どうしよう、すぐそこには神楽坂が待っているのに。体が小刻みに震えだす。



「ほら、立って。私達に付き合いなさいって言ってるのよ。」

愛が加奈の腕をつかもうと手を伸ばしてきた。加奈はその手を振り払うようにして彼らの側を駆け足で振り切ろうとした。ここを抜けて中庭に出れば、神楽坂がいる。そこまで行けば助かる。そう思って行動を起こしたが・・・。



「おっと、逃がさねえ、ぞっ!」

がっしりした体つきの男子に腕をつかまれ、加奈は入り口に向かいかけた体を強引に引き戻された。男子に体を後ろから羽交い絞めにされ、加奈が大声で助けを呼ぼうとすると、側にいた髪の長い女子が加奈の口を素早い手つきで塞いだ。



「んーっ、んーっ!」

加奈は何とか逃げようともがくが、男子の力が想像以上に強くどうにもならない。口を塞がれたので声にならない声が漏れるだけだ。そのままの形で入り口とは逆方向に歩かされる。捕らえられた格好のまま、入り口から正門で待つ神楽坂の姿が目に映った。彼女は今こうして捉えられている加奈に気づいた様子もなく、待ち続けている。どんどん神楽坂のところから遠ざかっていく。心の中で加奈は決して届くはずもないのに叫んだ。亜沙子ちゃん、助けて、と。





強制的に捕らえられ、加奈が愛達に連れて行かれた場所は今は生徒達には使われていない旧校舎だった。掃除もほとんどされておらず人が通るたびに廊下にたまった埃が宙に舞った。教室は半ば物置のような状態になっており、使わなくなった机や椅子、学芸会などで使うような道具が置かれていて、廊下にまではみだしていた。



夕暮れのせいもあるだろうが、古くなってどこか寂しげな廊下を加奈は捕まったまま、どんどん奥まで進んでいく。逃げようと抵抗し続けたが駄目だった。男子と女子のトイレの前まで来ると、やっとそこで加奈は投げ出されるように解放された。体制を崩して床に倒れこんだので加奈の制服のお尻の部分に埃がついた。舞い上がる埃に加奈は咳き込み、身構えるようにして彼らに言った。恐怖で声が震えている。



「あ、愛ちゃん、こんな所まで連れてきて・・・一体私をどうするつもりなの?」

「どうって決まってるでしょ。これからあんたを袋たたきにするのよ。助けを呼んでも無駄よ。ここには滅多に人は来ないからね。」



愛は怯えて顔を歪めている加奈を満足そうに見下ろして、嫌な感じの薄ら笑いを浮かべた。何故?加奈は彼らの恨みをかうようなことをしただろうか。まったく身に覚えがない。わけがわからなかった。



「そんな・・・。私が一体何をしたっていうの・・・?」

「あんたの存在自体がむかつくのよ。いつもびくびくして目障りったらないわ。家では我が物顔で堂々と生活して生意気なのよ。邪魔者意外何者でもないわ。」

「・・・何・・言ってるの?確かに私があなたの家にやっかいになっているのは申し訳ないって思っているけれど・・・おじさんの家で傲慢な態度をとった覚えなんてないわよ。」



偉そうにするどころか、加奈は家の掃除に洗濯、食事の用意とまるで召使いのようにこき使われている身だった。少しでも変なことを言おうものならおじやおばらの怒りをかってしまう。それなのに愛は口からでまかせを流暢に述べている。



「身に覚えがないですって。シラを切るなんて最低ね。ますます許せないわ。」

愛が怯えた表情の加奈を睨みつけて言った。加奈は理解した。愛は自分より弱い人間を何かと理由をこじつけていたぶりたいだけなのだ。おそらくストレスの憂さ晴らしに・・・・。



「これはひどいね。この愛に迷惑かけるなんて信じらんないわ。袋にするの決定ね。」

愛の側にいた髪の長い女子が愛の言葉を肯定するように冷笑を浮かべて言った。男子生徒が加奈の襟首をつかんで締め上げるようにして、怖くした顔を近づけてきた。

「それにお前、神楽坂と一緒だからって調子に乗ってるんじゃねぇぞ。」



「・・何のこと・・・?」

加奈は恐怖に縮み上がりながらも彼が何を言っているのかわからなかった。神楽坂といるだけでどうして天狗になれるというのか。彼女とは休み時間にお喋りをしたり、図書館で本を読んだり、一緒に下校するだけだ。他に何があるというのだ。混乱していると愛が腕を組んで冷たく言い放った。



「あの女があんたなんかを本気で仲間にするはずないわ。今まで友達を一人も作ろうとしなかったような女なんだから。」

今まで神楽坂がずっと学校で一人だったと聞いて驚いたが、それよりも加奈は神楽坂との関係を否定されて、悔しさと怒りがこみ上げた。

「亜沙子ちゃんは・・私の友達だよ。」



神楽坂が加奈のことを仲間と、友達と思っていない?そんなことはないはずだ。少なくとも加奈は彼女のことを友達だと思っている。彼らに暴行されるのは仕方ないとしても友情を無下にされるのだけは我慢できなかった。加奈たちのことを何も知らない彼らにそんなことを言われる筋合いはないのだ。

「そんなわけないに決まっているだろうがっ!」

男子の首を締め上げてくる腕に力が加わり、加奈は顔を苦しげにしかめた。

「あんたがどうなろうと神楽坂が怒り狂うことはないわ。一発いっちゃいなさい。顔は駄目よ。後でばれるから。」



愛が男子に命令するように顎を突き出すと男子は頷き、加奈の首を絞めたまま片方の腕を振り上げた。もう一人の女生徒はやれやれ、と面白そうにせかしている。加奈は目を見開いた後、ぐっと目をつむった。もう駄目だ。殴られると覚悟を決めた時だった。





「何をしてるの?」

放課後、静まりかえっていた旧校舎にこの場にいなかった女子生徒の声が妙にはっきりと響いて聞こえた。加奈は強く閉じた瞼をゆっくりと開いて、声のした方を見た。そこには窓から差し込む夕陽に照らされて神楽坂亜沙子が立っていた。





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