第79話 三者面談をなんとかしたい

文字数 3,118文字

加奈にはあまり歓迎できない三者面談の日がやってきた。放課後の教室に机と椅子を三つつき合わせて、それぞれの椅子に担任、おば、加奈が座った。



「今日は加奈さんが志望校を急に変更したことについてお話ししたいんですが。」

担任が加奈の成績をまとめた書類と高校の情報が書かれた書類をおばと加奈の方に差し出しながら言った。

「志望校の変更?」



おばがまゆをしかめて担任に聞き返した。おばには何も話していなかったから知らないのは当然だった。

「あら、ご存じないんですか。加奈さんから何も聞かされていないとか。」

担任の言葉を耳にしてからおばは加奈の方を振り返った。

「あなた志望校変えたの?私、あなたから何も聞いてないわよ。」



加奈を控えめな非難の目で見た。もし学校でなくこれが他人の目がない家の中ならばほぼ百パーセントおばは加奈をものすごい形相で加奈を殴ったと思う。担任のいる手前、大胆なことは出来ないようだ。形だけ加奈はおばに謝った。



「黙っててごめんなさい・・私、和泉高校に志望校を変更しました。」

「和泉高校?それは公立の高校?。」



担任は差し出した書類にペンで指し示して和泉高校について説明した。この地区の公立高校で二番目に難関であること、加奈の成績では受験するのが無謀であることなどをおばに説明した。

「加奈ちゃん、どうして黙ってたの。しかもこんな難しい学校を選ぶなんて。今まで無難な公立高校志望してたじゃない。」



おばの顔を見ると怒りを我慢して抑えているのだろうか、こめかみの辺りがぴくぴくと引きつっていた。

「前に先生にも言いましたけど、私どうしても和泉高校に行きたいんです。」

「しかしねぇ、やっぱり今のあなたの学力で受験してもいいとはとてもじゃないけど

 担任として言えないわ。」



「そうよ、加奈ちゃん。ここは大人しく今まで志望していた公立高校にしておきなさい。」

おばにしてみればもし加奈が試験に落ちれば困るだろう。中卒では就職先がほとんどないだろうしそんな娘一人をいくら血縁が遠いとはいえ、家から放り出しなどすれば世間体も悪い。



そんなことをしたらおばあちゃんも黙っていないだろう。もちろん浪人なんて持っての他だ。せめてお金のかからない公立に無難に合格させて、卒業した後に家を追い出すつもりでいるのだ。いやもしかしたら召使として高校を卒業した後、会社に就職してもこき使われるかもしれない。



先のことを考えると加奈はぞっとした。

「願書を提出するまで待ってください。それまでに必ず成績を上げて和泉高校の合格ラインまで伸ばして見せます。もしその時までに成績が足りてなかったらあきらめて今まで志望していた高校を受験しますから。」

加奈は約束を立てることで和泉高校を目指す許可を担任とおばから得ようとした。



「まあそういうことなら、様子を見ましょうか。半年後の成績によってどこを受けるか考えましょう。ただしいいわね、模試の成績でいうAかB判定を取れない成績ならば約束どおりランクを下げるのよ。」



担任は加奈の言葉に納得してから、ぱっと顔が明るくなった加奈に釘をさすように真剣な表情で約束を守るように念を押した。担任はどうでしょう、これでいいのではないでしょうか、これから成績が伸びない可能性はゼロではないですし、本人もこういってますからとおばに向き合って言った。



加奈は頷いてちらっとおばの方をうかがうとおばも一応は納得したようだった。







三者面談から帰って家に着くなり、おばはためていた怒りを暴発させるように加奈を叱りつけた。頬を数回おばに殴られ、赤くはれた。



「まったく、お前は何を考えているのよ!受験に失敗したらどうするの!浪人なんかしたら世間にどんな目で見られるか、あんたわかってんの?!大人しく低レベルの公立受けとけばいいものを!」

「私、試験直前までには合格ラインまで成績を上げて見せます。試験には必ず受かって見せますから。それでもし落ちたとしても、この家を出て行きます。おばさんたちには迷惑はかけません。」

加奈は必死におばを説得しようとした。



「ふん、愛に対抗して難関校受けようってはらじゃないでしょうね?発表会だけじゃ飽き足らずに高校受験でも偉そうにするつもり?お前は本当にどうしようもない子だよ。」

「そんなんじゃありません。どうしても和泉高校に行きたくなったんです。もし駄目ならさっき約束したとおりランクを下げますから。」



怒りのおさまらないおばをなだめて加奈の言い分を納得してもらってなんとかその場をおさえた。高校を出たら大学に進学は無理だろうから、就職してこの家を出て一人で生活しようと思う。就職して社会人になってまで我慢してこの家族に縛られている必要はない。



ここには加奈の居場所がない。出来ればあまりおばや愛達とは会わないようにして距離をとろう。でもおばあちゃんとだけはこれからもずっと交流していきたいと思っていた。大人になってもちょくちょくおばあちゃんの家に通うつもりだ。すでにおばあちゃんの存在は加奈にとって欠かすことの出来ない心の支えになっていたから。



志望校変更を宣言してからの加奈は今まで以上に勉強に打ち込んだ。家事などの仕事の合間をぬっって集中的に勉強した。和泉高校に受かるためにはもっと勉強時間を増やさなくてはと睡眠時間も一時間ほど削った。眠くて学校にいる間など辛かったが、和泉高校に行くためなら、と辛抱できた。



授業もしっかりと受けて内申点を稼ぐためにテスト勉強も抜かりなくやった。裕子から教わった受験のノウハウを実践して無駄を省いた方法で着実に学力をつけていった。学校でのクラスメイトたちによるいじめは続いていたが、受験勉強に集中したので耐え忍んだ。



和泉高校に受かるまでの一時の我慢だと割りきった。休み時間にも参考書を開いている加奈を見ているとクラスメイトたちにも試験までの危機感が伝染したように、自然といじめをやっているどころではないのではないかという雰囲気になって直接的な嫌がらせが減り、集団無視されるだけになってしまった。



悲しい状況に変わりはなかったが、加奈にとっても勉強に集中できるので好都合だった。参考書からふと顔をあげ、教室を見回すと生徒達の多くが加奈のように時間を無駄にすまいと各々、参考書を開いて勉強していた。



その中で参考書をけだるそうに眺めていて椅子に座っていた亜沙子と目が合った。彼女もふとこちらに視線を向けたようだった。数秒間目が合い、亜沙子のほうがぷいっと向こうを向いてしまった。加奈は顔を悲しげに顔を歪めた。



彼女と話をしなくなってどれくらい時が過ぎただろう。仲良くしていたことがとても懐かしかった。あれから変わらず避けられたままだ。廊下ですれ違ったり、トイレで顔を鉢合わせても、彼女はそそくさと加奈の方から遠ざかっていく。悲しいことだったが、加奈には落ち込んでいる暇はなかった。



亜沙子のことは我慢して心の奥にしまい、成績を何とか上げようと勉強に集中し紛らわそうとした。亜沙子は加奈がどうしていきなり勉強に力を入れだしたのか知らない。彼女の目に加奈はどのように写っているんだろう。



いやその前に加奈の事が嫌いになったとはいえ、加奈の事を少しでも気にしたりしてくれているだろうか。それとももう加奈の事などどうでもいいくらいに、気にならないくらいに思っているだろうか。だとしたらとてもショックなことだった。



嫌ってくれているという事はまだ加奈の事を意識されている証拠であり変な言い方だがまだましだった。無関心になるという事は加奈の存在を認識される事が薄れる事であり、亜沙子の眼中にもう加奈のことなど映らない事でありとても辛く悲しいことだった。
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