第69話 孤立計画完了!

文字数 3,361文字

加奈はあの日以来、亜沙子と口を聞いていなかった。挨拶は無視され、学校で同じ教室にいて、加奈が話しかけても亜沙子は加奈を見ようとしないで目を逸らすか、席を立って教室を出て行くかのどちらかだった。加奈が逃げるように離れていく亜沙子の腕をつかんで呼び止めた。



「亜沙子、待って。私の話を聞いて。」

「あなたと話すことなんか無いわ。もう話しかけないで。」



振り返った亜沙子は冷たくそう言い放つと、加奈を険しい目つきで睨んでから腕を振りほどいて行ってしまった。何度も亜沙子に弁明しようとしても相手にされることはなかった。

「加奈ちゃん、一緒に遊ぼうよ。」



クラスメイトが声を掛けてきて加奈は亜沙子の出て行った入り口のドアをしばらく複雑な表情で見つめてからクラスメイトたちの輪に入っていった。加奈は途方にくれていた。どうしてこんなことになってしまったんだろう。あの出来事があって以来、加奈はずっと考えていた。



亜沙子の妹をそのクラスメイトに命令していじめさせた?加奈は亜沙子の妹を会ったことがないから知らないし、そのクラスメイトも知らない。彼らに命令した覚えもない。いつの間にか知らない間に加奈は何者かに破かれたセーターを所持させられていた。



それは亜沙子の妹の物だという。加奈は亜沙子のことを邪魔な存在なんて思ったことは一度もなかった。むしろ小学校卒業までずっと仲良くしたかったし、その後中学生になってクラスが離ればなれになってもずっと親友でいたいと思っていた。



うぬぼれかもしれないけどこんなことが起らなければ亜沙子も加奈と同じように思っていてくれたはずだ。一体何がどうなっているのか全く把握できなかった。自分の知らないところで事が大きく動いて今回の事態が起ったような気がする。誰かが加奈に無実の罪を着せて陥れようとしている。



加奈は自分が誰かに恨まれるようなことをしたか思考を巡らせて考えた。やはりピアノ発表会で優勝したこと以外に目立った事、周囲の人間が鼻につくように思うことは無いに等しい。では加奈の優勝を妬んで誰かがこの身に覚えのない罪を加奈に被せようとしたのか。何のために?亜沙子との仲を引き裂くように仕組まれた罠。一体誰が・・・・。



休み時間や給食の時間、学校の帰りなど加奈はクラスメイトたちと表面上楽しそうにお喋りしていたが、心の中は亜沙子という大切にしていた存在がぽっかりと抜け落ちて空洞ができたようで酷い喪失感を感じていた。クラスメイトと笑顔で話し終えた後、あんなに笑っていたのが嘘のようにひどく落ち込んで表情に陰を落とした。



虚しさが強烈に加奈の心を襲い、ひどく悲しい気持ちになった。亜沙子という存在は知らぬ間にそれだけ加奈の心の多くの部分を占めていたのだと悟った。他のクラスメイトと過ごすひと時よりも亜沙子と過ごす時間のほうが加奈にはとてもきらきらと輝く瞬間のように思え、濃密な時間を過ごせた気がして全く満足感が違っていた。クラスメイトとは明らかに密度が違っていた。



亜沙子との時間は本当に楽しかった。そんな楽しい時間、貴重な存在を失ってしまったのだから落ち込むのは当然だった。





ある日、登校してきた加奈は教室に入るなり、周囲のただならぬ空気を感じた。何事かと教室を見渡すとクラスメイト達の視線が全て加奈に集中していた。突き刺さる視線は痛々しく、挨拶をすることすら忘れるほどだった。いや挨拶すらできない威圧感があった。どの生徒の顔も軽蔑や嫌悪、怒りの色が見えて原因は分からないが、それだけで加奈を非難していることだけはわかった。加奈は思わず教室に踏み入れた足を後ろに後ずらせた。頼りない視線を教室内に泳がせて加奈は言った。



「みんなどうしたの。一体・・・。」

側にいた男子が口を開いた。



「加奈、お前神楽坂の妹をいじめたって本当か。」

「え?どうしてそんなことを・・。」

「やっぱり本当のことなのか。」



「最低!いくら皆と仲良くなりたいからってこんな陰湿な形で神楽坂さんを引き離そうとするなんて。」

女子も男子も口々に加奈に非難や罵倒の言葉を浴びせた。加奈は混乱し動揺した。

「ち、ちょっと待って、誤解よ、私そんなことしてない。」



「俺の弟から聞いたぞ。お前にいじめるように頼まれたって。」

いつも愛と一緒にいるクラスの中心的存在である喧嘩の一番強い男子が言い張った。

「あなたの弟なんて私知らない、話したことだって一度もない。」



加奈は必死に言い返した。こめかみからいつの間にか浮き出た汗が一筋流れる。

「それに神楽坂の妹からセーターを没収したらしいな。弟がお前が持っていたところを見てるぞ。それが動かぬ証拠だろうが。」



「私加奈ちゃんが前に神楽坂さんのことが邪魔だって、もう縁を切りたいって言ってたのはっきりこの耳で聞いてるわ。」

ある女子がそういうと側にいたもう一人の女子も、私も聞いた、と付け加えるように言った。加奈は目を見開き、何を言い出すのかと怒った。



「いつそんなことあなた達に私が言ったのよ。ありもしないこと言わないで。」

「見苦しいぞ、これだけ証拠が挙がっているんだ。言い逃れはできないぞ。」

男子が低く脅すような口調で言った。



「そんな・・・・・」

加奈はありもしない罪にクラスメイト全員から裁かれようとしていた。誰一人として加奈の味方をしようとする者や庇おうとする者は一人も現れなかった。

「お前みたいな奴、もう友達じゃねえよ。」



「そうよ、今まで大人しそうに善人面してこんなひどいことするなんて、もう絶交よ。」

軽蔑と嫌悪のまなざしを加奈に向けクラスメイト達は口々に吐き捨てるように言って詰め寄った。



「皆、やめて、もういいわ。」



今までじっと椅子に座って黙っていた亜沙子が初めて口を開いて皆の視線が彼女に集中して教室が静まり返った。加奈も亜沙子を見つめる。もしかして加奈が無実だとわかってくれて加奈を弁護してくれるのではないかと一瞬淡い期待を抱いたがその思いは次に発した亜沙子の言葉であっけなく崩れ去った。



「これは私と加奈との問題だわ。皆はもうこれ以上口を出さないで。私だけが彼女に文句を言う権利があるわ。妹は嫌がらせから解放されて元気よく学校に通ってるし、私はもう彼女を相手にしないって決めたの。それでもう私は納得したから問題は解決したのよ。」



皆は亜沙子の言葉にいまいち納得できないような腑に落ちない顔をしていたが、被害を受けた当人がそういうならとしぶしぶ引き下がった。

「発表会に優勝したぐらいで調子に乗って偉そうな顔してんじゃねーよ。」

「最低。見損なったわ。」



ちょうどホームルームを告げる鐘が鳴り、捨て台詞を吐きながらクラスメイト達は自分の席に帰っていった。加奈は絶望的な青ざめた表情で席に着いた。俯くようにして顔を覆う。担任がやってきて連絡事項を言っていたが全く加奈の耳には入ってこなかった。



今でも後ろや前、斜め四方八方から加奈を責める視線が突き刺さってきて胸が息苦しくなりそうだった。もう誰も加奈のことを信じてくれない。クラスメイト達も亜沙子も・・・。味方が一人もいなくなった。元々友達はいないに等しかったが唯一親しかった亜沙子を失って落ち込みがひどかったのに、今度はクラスメイト達に嫌われてしまった。



まるで世界の荒廃した廃墟に無防備で一人取り残されたような気持ちが加奈を襲った。どうして何もしてない自分がこんな目にあうのかと何度も何度も心で繰り返した。加奈は心が音をたててゆっくりを壊れていくのがはっきりわかった。





放課後誰もいなくなった教室で中村愛は笑い声を上げた。側にいる二人の男子女子も一緒になって笑った。

「まずは第一計画クリアね。私の思い描いたシナリオ通りだわ。まず神楽坂に加奈が神楽坂のことを嫌っているというデマの噂を聞かせる。そして神楽坂の妹をいじめた黒幕を加奈に仕立て上げる。セーターって言う小物を使ってね。うまく行き過ぎて怖いくらいだわ。まあ私の優秀な頭脳なら当然かしら。」



「ほんと、愛は悪どいことを思いつくのが天才的ね。」

女子が舌を巻いて言うとどっと笑いが起こった。



「これで加奈はクラスで完全に孤立したわ。後はじわじわ私たちで加奈をいたぶっていくだけね。神楽坂ももう口出しはしてこないでしょう。」

放課後の教室に愛の高笑いが響いていた。

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