第37話 思い出を重ねられた贈り物
文字数 3,170文字
土曜日、学校は半日で終わり加奈は午後、家に帰ってご飯を食べてから神楽坂と会う約束を交わした。来週の月曜日は学校での授業はなく、加奈たちの学年は遠足に行くことになっていた。遠足にはおやつをある金額の範囲内まで持っていってもよいことになっていた。
神楽坂が街へ遊びに行くがてら、ついでにおやつも買いに行きましょうと、加奈を誘ったのだ。まだ準備をしてなかったし断る理由もなかったので加奈は誘いに乗った。おばは加奈におやつ代など出してくれるはずはなく、困っていると昨日の夜おばあちゃんが家に来ていて、せがんでいるわけでもないのに、加奈と愛が遠足に行くことを知ると喜んで出してくれた。
おばと愛は、加奈が愛と同じ待遇なのが納得いかないという顔をしていたがおばあちゃんのすることに口を出せないようだった。加奈はおばらがいない所でおばあちゃんに抱きついて心からお礼を言った。たいしたことでもないのにそんなに喜んでくれるなんて、私が嬉しくなってしまうよ、とおばあちゃんはニコニコしていた。
加奈は家で遅いご飯を済ますと、おばあちゃんがくれたお金を持って家を出た。待ち合わせ場所の街中にある噴水前には待ち合わせをしている人々の中に混じって既に神楽坂の姿があった。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
加奈が駆け寄っていくと、彼女はううん、今来たところよと笑った。駅前まで歩くとスーパーやデパートなど商店が並んでいて、それと共に多くの人々で賑わっていた。
どこで買い物するか決めるために街の中を歩きながら、加奈と神楽坂はお菓子の話題で少し盛り上がった。
「亜沙子ちゃんはどんなお菓子買うつもりなの?」
「そうねぇ、御饅頭とかどら焼きみたいな和菓子がいいわね。」
「え~、意外だなぁ。亜沙子ちゃんならケーキやクッキーとか洋菓子を好んで食べそうなのに。」
「何それ、私のイメージってどういうのなのよ。」
「駄菓子とかスナック菓子にがっついたりしないで、優雅に洋菓子を食べてるイメージ。」
神楽坂はぷっと笑いを一つ漏らすと、声をあげて笑って言った。
「人は見かけによらないってことかしら、加奈は何が好きなの?」
「私も和菓子好きだよ。でもどれが一番好きかって言われると困っちゃう。洋菓子も美味しいし、駄菓子だって捨てがたいし。」
食いしん坊ねと彼女にかわかわれて、加奈はそんなことないよ、と半分笑顔で怒った表情を見せ、その後二人で笑い合った。
規模が大きく色々な種類を選べるからという事で、加奈と神楽坂はデパートの地下食料品売り場で買い物することにした。二人ともお菓子を無事に決められた範囲内で買い終えると、街をぶらぶらと特に当てもなくまわった。土曜日の午後という事で街の通りは人々で賑わっている。
二人は洋服を置いてるお店でそれぞれにどんなファッションが似合うか、コーディネートしたり、レコードショップに入ったりとウィンドーショッピングをした。加奈は何も買わなくてもこうして神楽坂と街を歩くだけで楽しかった。そんなスキップしたくなるような良い気分で歩いていると、ゲームセンターの前にUFOキャッチャーがあるのが目に入った。何気なく横目で前を通り過ぎようとすると加奈はそれを偶然か必然なのか見つけた。
「あっ・・・!」
加奈は驚きの声をあげて立ち止まった。
「どうしたの?」
先を行きかけていた神楽坂が加奈の様子に気づいて引き返してきた。加奈はUFОキャッチャーに駆け寄って行った。まじまじと目を凝らして、間違いないと思った。ガラスの中のぬいぐるみの中に加奈の良く知っているぬいぐるみがあったのだ。母がくれた、でも愛に潰されたぬいぐるみ・・・・。
「うさぎのぬいぐるみね。加奈こういうの集めてるの?」
神楽坂がかがんでいる加奈の後ろまでやって来て言った。
「ううん、集めてるわけじゃないけど、このうさぎ以前持ってたんだけどね、なくしちゃったんだ・・・。大事にしてたから、ちょっとショックでね。」
加奈が振り返って弱々しく笑むと、ふうん、と神楽坂は言った。加奈はうさぎが置かれている位置を見て、とりやすいかどうか調べた。うさぎはかなり奥まった所に埋もれていて、相当難易度が高そうだった。一回二百円のゲームだが、一回ではとれそうになく、たくさんお金がかかりそうだった。おばあちゃんからもらったお金が少し残っていたが、それだけでとれるかどうかわからない。加奈が重いため息をついてとるのをあきらめようとした時、神楽坂がコイン投入口に百円を二枚入れた。
「よし、私がとってあげる。」
「えっ、いいよ難しそうだし、あんな所にあるんじゃとれないよ・・・。」
「加奈、どうしてもそのぬいぐるみ欲しそうなんだもの。大丈夫、任せて。私こういうの得意だから。」
神楽坂はぬいぐるみの位置を確認しながらそう言った。加奈はでも、と言い掛けたが彼女が真剣な表情になり、クレーンを操作するボタンに手を置いて集中しだしたので、口を閉ざした。じっと状況を息を飲んで見つめることしかもう、加奈には出来なかった。
多分一回目で失敗するだろうから、その時に彼女を止めようと思った。慎重にクレーンを操作していく。ぬいぐるみの頭上でクレーンが止まり、大きく開いてゆっくりと下りていく。ぬいぐるみの中に潜り込み、クレーンがつかみあげる動作を終えると上にゆっくりと移動する。加奈はどきどきしながら見ていた。あらわれたクレーンには何と、うさぎが耳を引っ掛けるようにしてぶら下がっていた。
加奈は思わず、目を大きく開け、すごいと声を漏らした。無事取り出し口からぬいぐるみを出すと、神楽坂ははい、と笑顔で加奈にそれを差し出した。
「ちょっと、きわどかったけれど、とれてよかったわ。」
加奈は受け取ろうとせずに首を左右に振った。どうしたの?と神楽坂は首を傾げている。
「それは亜沙子ちゃんがとったんだから亜沙子ちゃんのものよ。もらえないわ。」
「いいのよ、受け取って。あなたのために取ったんだから。」
「でも・・・何だか悪いわ。」
「じゃあ簡単なプレゼントと思ってもらってよ。」
神楽坂は無理やりぬいぐるみを加奈の手に持たせた。彼女の笑顔を見て加奈も頬を緩めて笑い、言った。
「・・・・ありがとう、大事にするね。」
加奈はかたく目を閉じて、ぬいぐるみを大事そうに胸に抱きかかえた。加奈は切なくなるほどの喜びを噛み締めていた。母からもらったぬいぐるみは愛に破られてしまって、今手に持っているぬいぐるみはそれと同じものではないのだけれど、嬉しかった。加奈にとって大事な友達である、神楽坂が母のと同じ形のものを加奈に与えてくれたからだろうか。
母の思いでの詰まったぬいぐるみはもうないけれど、今度はこうして神楽坂がぬいぐるみをくれたことで、彼女との思い出がぬいぐるみと共に作れるのだ。同じ形のぬいぐるみを介して、母と神楽坂が重なり、リンクした気がした。うさぎのぬいぐるみに母と、そして神楽坂との思い出が、これから長い時が過ぎていっても刻まれていくことになる。
ぬいぐるみを見る度に、楽しかった母や神楽坂との思い出がきらきらと輝いて甦り、懐かしむことが出来るのだ。それは何て贅沢で幸せなことなんだろう。閉じた目元に少し涙が滲んだ。
「そんな喜んでくれるなんて、そのぬいぐるみにはよっぽど何か良い思い出があるみたいね。」
加奈は心の中を読まれたのではないかと彼女を見ると、穏やかなまなざしをこちらに向けていた。加奈は満面の笑顔で頷いた。この時加奈の中である決心がゆるやかに、でもしっかりと形を作った。じゃあ行こうか、と歩きだしかけた彼女の背中に加奈は言った。
「明日、日曜日亜沙子ちゃん、予定はあるかな?」
きょとんとした顔で神楽坂は加奈の方を振り返って見つめていた。加奈は続けた。
「一緒に来て欲しいところがあるんだけれど。」
神楽坂が街へ遊びに行くがてら、ついでにおやつも買いに行きましょうと、加奈を誘ったのだ。まだ準備をしてなかったし断る理由もなかったので加奈は誘いに乗った。おばは加奈におやつ代など出してくれるはずはなく、困っていると昨日の夜おばあちゃんが家に来ていて、せがんでいるわけでもないのに、加奈と愛が遠足に行くことを知ると喜んで出してくれた。
おばと愛は、加奈が愛と同じ待遇なのが納得いかないという顔をしていたがおばあちゃんのすることに口を出せないようだった。加奈はおばらがいない所でおばあちゃんに抱きついて心からお礼を言った。たいしたことでもないのにそんなに喜んでくれるなんて、私が嬉しくなってしまうよ、とおばあちゃんはニコニコしていた。
加奈は家で遅いご飯を済ますと、おばあちゃんがくれたお金を持って家を出た。待ち合わせ場所の街中にある噴水前には待ち合わせをしている人々の中に混じって既に神楽坂の姿があった。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
加奈が駆け寄っていくと、彼女はううん、今来たところよと笑った。駅前まで歩くとスーパーやデパートなど商店が並んでいて、それと共に多くの人々で賑わっていた。
どこで買い物するか決めるために街の中を歩きながら、加奈と神楽坂はお菓子の話題で少し盛り上がった。
「亜沙子ちゃんはどんなお菓子買うつもりなの?」
「そうねぇ、御饅頭とかどら焼きみたいな和菓子がいいわね。」
「え~、意外だなぁ。亜沙子ちゃんならケーキやクッキーとか洋菓子を好んで食べそうなのに。」
「何それ、私のイメージってどういうのなのよ。」
「駄菓子とかスナック菓子にがっついたりしないで、優雅に洋菓子を食べてるイメージ。」
神楽坂はぷっと笑いを一つ漏らすと、声をあげて笑って言った。
「人は見かけによらないってことかしら、加奈は何が好きなの?」
「私も和菓子好きだよ。でもどれが一番好きかって言われると困っちゃう。洋菓子も美味しいし、駄菓子だって捨てがたいし。」
食いしん坊ねと彼女にかわかわれて、加奈はそんなことないよ、と半分笑顔で怒った表情を見せ、その後二人で笑い合った。
規模が大きく色々な種類を選べるからという事で、加奈と神楽坂はデパートの地下食料品売り場で買い物することにした。二人ともお菓子を無事に決められた範囲内で買い終えると、街をぶらぶらと特に当てもなくまわった。土曜日の午後という事で街の通りは人々で賑わっている。
二人は洋服を置いてるお店でそれぞれにどんなファッションが似合うか、コーディネートしたり、レコードショップに入ったりとウィンドーショッピングをした。加奈は何も買わなくてもこうして神楽坂と街を歩くだけで楽しかった。そんなスキップしたくなるような良い気分で歩いていると、ゲームセンターの前にUFOキャッチャーがあるのが目に入った。何気なく横目で前を通り過ぎようとすると加奈はそれを偶然か必然なのか見つけた。
「あっ・・・!」
加奈は驚きの声をあげて立ち止まった。
「どうしたの?」
先を行きかけていた神楽坂が加奈の様子に気づいて引き返してきた。加奈はUFОキャッチャーに駆け寄って行った。まじまじと目を凝らして、間違いないと思った。ガラスの中のぬいぐるみの中に加奈の良く知っているぬいぐるみがあったのだ。母がくれた、でも愛に潰されたぬいぐるみ・・・・。
「うさぎのぬいぐるみね。加奈こういうの集めてるの?」
神楽坂がかがんでいる加奈の後ろまでやって来て言った。
「ううん、集めてるわけじゃないけど、このうさぎ以前持ってたんだけどね、なくしちゃったんだ・・・。大事にしてたから、ちょっとショックでね。」
加奈が振り返って弱々しく笑むと、ふうん、と神楽坂は言った。加奈はうさぎが置かれている位置を見て、とりやすいかどうか調べた。うさぎはかなり奥まった所に埋もれていて、相当難易度が高そうだった。一回二百円のゲームだが、一回ではとれそうになく、たくさんお金がかかりそうだった。おばあちゃんからもらったお金が少し残っていたが、それだけでとれるかどうかわからない。加奈が重いため息をついてとるのをあきらめようとした時、神楽坂がコイン投入口に百円を二枚入れた。
「よし、私がとってあげる。」
「えっ、いいよ難しそうだし、あんな所にあるんじゃとれないよ・・・。」
「加奈、どうしてもそのぬいぐるみ欲しそうなんだもの。大丈夫、任せて。私こういうの得意だから。」
神楽坂はぬいぐるみの位置を確認しながらそう言った。加奈はでも、と言い掛けたが彼女が真剣な表情になり、クレーンを操作するボタンに手を置いて集中しだしたので、口を閉ざした。じっと状況を息を飲んで見つめることしかもう、加奈には出来なかった。
多分一回目で失敗するだろうから、その時に彼女を止めようと思った。慎重にクレーンを操作していく。ぬいぐるみの頭上でクレーンが止まり、大きく開いてゆっくりと下りていく。ぬいぐるみの中に潜り込み、クレーンがつかみあげる動作を終えると上にゆっくりと移動する。加奈はどきどきしながら見ていた。あらわれたクレーンには何と、うさぎが耳を引っ掛けるようにしてぶら下がっていた。
加奈は思わず、目を大きく開け、すごいと声を漏らした。無事取り出し口からぬいぐるみを出すと、神楽坂ははい、と笑顔で加奈にそれを差し出した。
「ちょっと、きわどかったけれど、とれてよかったわ。」
加奈は受け取ろうとせずに首を左右に振った。どうしたの?と神楽坂は首を傾げている。
「それは亜沙子ちゃんがとったんだから亜沙子ちゃんのものよ。もらえないわ。」
「いいのよ、受け取って。あなたのために取ったんだから。」
「でも・・・何だか悪いわ。」
「じゃあ簡単なプレゼントと思ってもらってよ。」
神楽坂は無理やりぬいぐるみを加奈の手に持たせた。彼女の笑顔を見て加奈も頬を緩めて笑い、言った。
「・・・・ありがとう、大事にするね。」
加奈はかたく目を閉じて、ぬいぐるみを大事そうに胸に抱きかかえた。加奈は切なくなるほどの喜びを噛み締めていた。母からもらったぬいぐるみは愛に破られてしまって、今手に持っているぬいぐるみはそれと同じものではないのだけれど、嬉しかった。加奈にとって大事な友達である、神楽坂が母のと同じ形のものを加奈に与えてくれたからだろうか。
母の思いでの詰まったぬいぐるみはもうないけれど、今度はこうして神楽坂がぬいぐるみをくれたことで、彼女との思い出がぬいぐるみと共に作れるのだ。同じ形のぬいぐるみを介して、母と神楽坂が重なり、リンクした気がした。うさぎのぬいぐるみに母と、そして神楽坂との思い出が、これから長い時が過ぎていっても刻まれていくことになる。
ぬいぐるみを見る度に、楽しかった母や神楽坂との思い出がきらきらと輝いて甦り、懐かしむことが出来るのだ。それは何て贅沢で幸せなことなんだろう。閉じた目元に少し涙が滲んだ。
「そんな喜んでくれるなんて、そのぬいぐるみにはよっぽど何か良い思い出があるみたいね。」
加奈は心の中を読まれたのではないかと彼女を見ると、穏やかなまなざしをこちらに向けていた。加奈は満面の笑顔で頷いた。この時加奈の中である決心がゆるやかに、でもしっかりと形を作った。じゃあ行こうか、と歩きだしかけた彼女の背中に加奈は言った。
「明日、日曜日亜沙子ちゃん、予定はあるかな?」
きょとんとした顔で神楽坂は加奈の方を振り返って見つめていた。加奈は続けた。
「一緒に来て欲しいところがあるんだけれど。」