第52話 気まずい帰路

文字数 1,272文字

遊園地を後にした二人はバイクに乗って帰路に向かっていた。猫に餌をあげるから公園に寄ってと真琴が言ったきり、二人は無言だった。観覧車での出来事が二人の間に気まずく、ぎこちない雰囲気を作っていた。彼はあの時、本当に真琴に口づけしようとしたのだろうか。



何故あんなことを・・彼は真琴のことをどう見ているのだろうか。異性として意識しているんだろうか。ただその場の雰囲気だけでそうなっただけで相手の女性なら誰でも良かったのではないか。遊園地にいた時も意味ありげな台詞を何度か彼は口にしていたし。真琴と一緒に遊園地に来たかった、



真琴の素直じゃないところが好きとも言った。真琴は彼を一人の男性として意識しだしていることを認めざる終えなかった。こんな気持ちになったのは初めてだった。純粋に人を好きになったことはあるけれど、その人は女性だったし、この気持ちはなんだかそれとは違うような気が漠然としていた。



何だろうこの気持ち・・・・。彼の腰につかまってそんなことを考えながら流れていく景色を見ていると、真琴はあることに気づいた。来た道を逆に辿っていなかった。彼が道を間違っているのではないかと思って言おうとしたが、やめた。今は言葉を交わしたくなかった。



しばらくそうして山道を走っていると突然、山を抜けて視界が開けた。そこには今にも沈んでいきそうな太陽が海をオレンジ色にきらきらと輝かせて広がっていた。その美しい光景に真琴は思わず息を飲んだ。彼はこれを真琴に見せたくてこの道を選んだのだろうか。



真琴は彼の様子をうかがったが彼は何も言わず、運転していた。公園の近くのスーパーで猫の餌を飼い、公園で猫に餌をあげた。子猫は子猫と呼んでいいのか微妙なくらいにわずかに大きく成長していた。二人が来ると猫は喜んでいるのか甘い鳴き声をあげて白いふわふわした体を擦り寄せてきた。



真琴が笑んで優しく撫でてから餌をやり、食べている様子をしゃがみこんで見つめていると側に立っていた彼が言った。



「ねえ・・・まださっきのこと・・・怒ってる?」

「・・・・。」

「ごめんね・・・なんというかその・・。」

「うるさい。もういいから・・何も言わないで。」



真琴は首を震わして言った。思い出しただけで身悶えしたいくらい恥ずかしくなる。彼はそれ以上は何も言わなかった。二人は気まずいまま駅までやってきた。

「家まで送るよ?暗くなってきたし女の子一人夜道を歩くのは危ないからさ。」

「いい、電車で帰るから。」



わざとそっけなく言って真琴は彼に背を向け、駅の方に歩きだした。

「真琴さん、今日はどうもありがとう。また一緒にどこかに遊びにいこうね。」



少し歩いて離れた所で彼が真琴の後姿に声をかけてきた。真琴は振り向いて彼を見た。バイクの側に立った彼は笑顔を浮かべて手を振っていた。真琴はどう返事すればいいかわからずに、彼のそんな顔を見ていると急に恥ずかしさがこみ上げてきて、踵を返して足早に駅へ歩き出した。



彼がまたどこかに行こうといったのが不快だったからそうしたのではない、赤くなって動揺した顔を彼に見られたくなかったからだ。

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