第8話 真琴の誕生日プレゼント

文字数 2,895文字

彼女が施設を訪問してから数日が過ぎた。真琴が一人ぼっちであることを知った彼女はこれまで以上に真琴に親しく接するようになった。今までは真琴自身、ある部分で迷惑をかけてはいけないと線を二人の間にひいていて彼女もそれを何となく察してくれてか、真琴のことを深く質問してくれることもなかった。



しかし真琴が告白したことで、大きな一歩を踏み近づいたことで遠慮がなくなり彼女はより深く真琴を受け入れてくれるようになったのだ。ピアノ教室で御忍びではあったが、いろいろな曲を教えてくれた。いつ調べたのか真琴の誕生日には時間を作ってくれて、ケーキの美味しいお店で、苺の乗った丸いホワイトケーキをご馳走してくれた。



お店の人に特注で頼んだのであろう、ケーキに乗った板にはひらがなで、まことちゃん御誕生日おめでとう、とかかれていた。真琴はあまりの驚きと嬉しさでいっぱいで泣きそうになりながらも、何とかお礼を言った。真琴には内緒で施設の職員に名簿で真琴の生年月日を教えてもらったらしい。



ケーキだけでなくプレゼントもしてくれた。差し出された細い箱を開けると中には首にかけるペンダントだった。先端には小さいけれど綺麗にブルーに光り輝く宝石がついていた。真琴は思わす感嘆のため息を漏らした。

「うわぁ・・綺麗・・・。」

彼女はテーブルに組んだ腕に顔を乗せてニコニコして言った。



「これと同じ形の色違いのペンダントを私と私の娘がしているの。私はオレンジ色で娘はピンク色なのよ。夫は生きている時エメラルドグリーンのペンダントを身につけてたわ。」

「いいんですか、そんな大切なものを家族でもない私なんかがもらってしまっても?」



彼女の家族みんなが身につけているのと同じもの、家族の絆の象徴に違いないものを赤の他人の真琴が身につける資格があるのかと動揺した。



「いいのよ。それだけ私はあなたのことを大切に想ってるって事なんだから。真琴ちゃんならずっと大事にしてくれるだろうって思ったからあげるの。それに夫がまだ生きていた時、そうね・・娘が生まれるずっと前、結婚してすぐの時だったかしら、夫と話しあったの。子供は一人っ子だと寂しいだろうから二人は欲しいねって。だから未来の家族四人分合わせてこのペンダントを四つ買ったわ。夫が亡くなってそれはかなわなかったけれど、もしもう一人生まれていたらそのペンダントをその子に渡すつもりだったのよ。」



真琴は言葉を失って彼女を見つめた。変わらず笑顔の彼女の顔がぼんやりに滲む。

「おばさん・・・ありがとう・・ほんとにありがとう・・。私、このペンダント一生大事にします。」



真琴はあまりにも大きな嬉しさが心いっぱいに満ちて俯き、泣いてしまいそうになるのをぐっと堪えて、ペンダントを胸の前で包み込むように強く抱いた。心温まるとても重いものを彼女にもらった気がした。



もし彼女の旦那さんが生きていて未来が違えばもらえなかったであろう、家族にだけ渡されるそんな大事なものをくれたのだ。彼女に真琴のことを家族だと言ってもらえたような、これ以上の幸福はないくらいの感覚だった。



「後もう一つプレゼントがあるの。」

彼女は足元に置いていた紙袋をテーブルに置いて真琴に差し出した。開けてみて、と言われ真琴は何だろう、とどきどきしながら慎重に袋を開けた。中には真っ赤な色のマフラーが入っていた。これは、と真琴が聞くと彼女は組んだ手に顎を乗せてニコニコと愉快そうに微笑んだ。



「そのマフラーね、私と娘が作ったの。真琴ちゃんにあげるために。」

「私のために・・・?おばさんと・・娘さんも?」



ええ、と彼女は頷いた。彼女だけでなく娘も真琴の誕生日を祝ってくれるというのか、真琴なんかのためにわざわざマフラーを編む時間を割いてまでしてプレゼントしてくれたことを思うとこみ上げてくるものがあり、マフラーに顔をうずめて目を閉じた。



おばさんとそして娘の匂いだろうか・・とても優しい匂い・・。彼女と、会ったことはないその娘が一緒に真琴のためにとこのマフラーを編んでいる姿を想像したら涙が出た。こんなに幸せでいいのだろうかと不安になるくらいに今この手にある幸福を噛み締める。



「うれしい・・ありがとうございます・・。私このマフラー、大切に使いますね。娘さんにもありがとうって御礼を伝えてください。」

真琴の心からの感謝の言葉に、彼女は満足そうに笑った。



「気に入ってくれてよかった。娘もきっと喜ぶわ。」











彼女は目を細めて優しい穏やかなまなざしで真琴に言った。とても静かな落ち着いた口調で真琴を諭すような感じだった。



「あなたにわかっていて欲しいことなんだけど決して同情からこうしてるんじゃないのよ。真琴ちゃんに出会ってすごくいい子だって思ったから、真琴ちゃんが私のことを慕ってくれるように、私も真琴ちゃんのことが大好きになったのよ。もし大好きな人が一人ぼっちで寂しくて悲しんでるって知ったら、真琴ちゃんならどうするかしら?」



彼女に聞かれて真琴は赤くなって少しためらいがちに、恥ずかしそうに小さな声でつぶやいた。

「私なら・・・・側にいてあげたいと思います・・・。」

彼女は優しく微笑んで真琴の小さな頭を撫でた。



「ふふ、真琴ちゃんは一人ぼっちの辛さがとてもよくわかるものね。私も真琴ちゃんと同じことをするわ。」

真琴は幸せだった。彼女が側にいてくれる、ただそれだけのことが真琴の冷めて凍りついていた心を温かく溶かしていった。





お店を出て別れ際に彼女は、真琴ちゃんマフラー貸してと言って真琴からマフラーを受け取った。どうするんだろうと真琴が思っていると、彼女はそのマフラーを真琴の首に巻いてくれた。まるで覆いかぶさるように抱きしめるようにして丁寧に巻いてくれた。



彼女の体温がぬくもりとして伝わってきた。密着した彼女の髪が真琴に触れ、とても甘くいい匂いがして真琴は頬を朱に染めぼうっと少しのぼせた。これでよし、と彼女が真琴の両肩をぽんぽんと叩いた。嬉しさと気恥ずかしさがあわさって真琴は顔が赤くなった。



彼女とその娘が作ってくれたマフラーはとっても温かい。真琴はマフラーそれ自体以上に温かく感じた。それは真琴のことを想ってくれる彼女と娘のぬくもりのせいではないだろうか。



「じゃあ、今度の日曜日に会いましょうね。今度は娘もピアノ教室に来るから。」

「はい、今日は本当にありがとうございました。私娘さんと会えるの楽しみにしてます。」



笑顔で彼女は真琴に手を振って歩いて行った。何度も振り返っては笑って。真琴は深く頭を下げて彼女が見えなくなるまで見送った。お店を出る直前に、娘が今度教室に来ることを彼女が教えてくれたのだ。彼女はその時遠い目をして語った。



夫がまだ生きていて子供も二人であったなら、子供達と彼女の三人でピアノを演奏し夫に聴かせてあげるのが夢だったと。夫はもういないからそれは無理だけれど、真琴ちゃんが娘と会ったら彼女とその娘の三人でピアノを是非一緒に演奏してみたいと言った。叶わなかった夢のため、本当の家族のように。今から真琴は娘に会うのが楽しみだった。マフラーのお礼も是非言いたかった。
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