第57話 煉の決意と亜沙子のすさまじすぎる観察眼

文字数 2,698文字

はじめはほんの些細なことから始まったが、日を追うごとに煉に対する嫌がらせはエスカレートしていった。はじめはリコーダーから始まり、使用する機会のある前に教科書、上靴と煉の手元から無くなっていった。学校からの帰り道、煉はげんなりと疲れを隠せない表情で歩いていた。



あからさまで直接的な暴力などの嫌がらせは今のところまだ受けてないとはいえ、朝から夕にかけて学校にいる間中、煉が話しかけても誰も相手にしてくれない。誰とも口をきかないことは精神的に堪えた。煉はある決心をした。明日あのリーダー格の男子と女子にかけあってみることにした。



あの二人がこの状況を作り出した犯人であるとほぼ確信を得ていた煉はどうしてこんなことをするのかと直接問うて、煉に何か非があるのならば改めて嫌がらせをやめてもらおうと思った。不安で胸が苦しくなったけれど、このままではいけないと思った。しっかり者の姉ならこんな時、自分の力で解決するはず。姉は煉のことをいつも面倒見てくれて頼りがいがある。



煉と違い両親のいう事ばかり聞かず、自分の意志をしっかり持っていて、自らが正しいと思う道をしっかりと歩いている。煉は姉のことが大好きだったし、その上尊敬していた。姉に少しでも近づけるように、怖いけれど勇気を出そうと思った。そして自分で解決しようと。



こんなことは間違ってる、悪いことだし黙っているわけにはいかなかった。そんなことを考えながら歩いていると後ろから煉を呼ぶ声があった。



「煉― !。」

振り向けば煉の姉である神楽坂亜沙子が小走りに煉の所まで追いついてきた。

「今日は帰ってくるの遅いわね。いつも私より早く家に帰ってるのに。学校に残ってたの?」



亜沙子が煉の横に並びかけながら言った。煉は低学年のため授業は五時限で終了であるが姉の亜沙子は高学年のため六時限あったため、亜沙子の帰宅時間に煉と会ったことに疑問を抱いた。煉はどういうべきか迷った。授業が全て終了して皆が帰った後、煉は無くなった上履きを探していたため、遅くなってしまったのだ。



「うん、友達と教室でお喋りしてたら帰りが遅くなっちゃったの。」

煉は嘘をついた。嫌がらせを受けていることを姉の亜沙子に勘付かれないように自然に振舞おうと笑顔で演技した。その顔を見て姉のまゆがピクリと上にわずかに上がった。煉は嘘がばれたのかとどきりとした。



「煉・・・。学校で何かあった?」

じっと真顔で見つめてくる姉に対して煉は内心動揺しながらも、何とか平静を保って何もないけど、どうして?と聞き返した。しばらくじっと煉を瞬きせず見つめてから姉は、小さく息を吐いた。

「そう、何もないならいいんだけど・・。」



ほっと胸をなでおろした煉に対して姉は煉のほうを見ずに前を向いたまま言った。

「煉、もし何か学校で嫌なこととかあったら黙ってないでお姉ちゃんにいうのよ。わかった?」

うつむいたまま煉はうん、と一つ返事をした。煉は胸に熱くこみ上げてくるものを感じていた。



姉はよく煉のことを見ていると思う。母は煉のことを勉強の成績や物事の不器用さばかりに目を向けて非難したり罵りこそすれ、日頃から煉の事をよく観察してはいないのでわずかな異変や変化にも興味が無いから気づきはしないだろう。



母の代わりではないがその分姉の亜沙子がよく煉の面倒を見てくれるので、いつもとわずかでも様子が違っていれば見逃してはくれなかった。周りの友達や先生、両親は姉の事をよくは思っていないようだけれど煉は、本当はとても心優しい姉の姿を知っているので姉の事が大好きだった。



煉より勉強もスポーツもできておいしい料理やお菓子もつくれる姉を煉は妬むことなく、むしろ皆に誇れる自慢できるお姉さんであると思っていた。そんな姉にはあまり心配をかけたくなかった。もし姉に本当のことを話せば、姉は妹のために躊躇せずにきっと何とかしてくれるだろう。



でも先ほど明日、姉を見習い、姉には頼らないで嫌がらせの主犯格であろう二人の生徒に掛け合って自ら解決しようと心に決めたばかりだった。心配し気にかけてくれただけでなんだか元気が湧いてきた。亜沙子が煉の手を繋いできた。煉はさっきまで感じていた心の疲れが溶かされて温かくなっていくように感じて頼りになる姉の手を強く握り返した。





家路に着き、煉は自室で一月程前からつくりかけていた編み物をしていた。唯一の煉の特技が編み物を編むことで姉に勝っているところだった。今編んでるのはもうすぐやってくる姉の誕生日にプレゼントしようと思っているパステル色のエメラルドグリーンの色合いが綺麗な長袖のセーターだった。



もちろん亜沙子には内緒にこつこつと製作して誕生日の当日に渡して驚かそうと計画している。大切な人にプレゼントを贈ることができることに煉は至上の幸福を感じていた。以前母や父にもマフラーや手袋を作ってあげたことがあったがこんな手作り見栄えが悪いから使えないとつき返され、こんなもの作る暇があるなら勉強しろと言われがっかりした。



どうしようもない親ね、まったく、とそんな親の様子を呆れて見ていた亜沙子が私に頂戴よといったのであげた。数年前にあげたものであるが亜沙子は気に入ってるからと今でも大切に使ってくれている。そんな思いやりある姉が煉は好きだった。



両親に何かしてあげたいという気持ちはどう頑張っても自発的に出てきそうにないが、姉の亜沙子には自然と愛情を注ごうという気持ちになれた。真心こめて一生懸命、大好きな姉のためにセーターを作ろうと思った。

「煉、夕飯できたよ。」



急に扉を開けられて、思わず後ろ手に作りかけのセーターを隠した。心臓を激しく脈づかせて動揺している煉の姿を首を傾げて見て、ドアから顔を覗かせた亜沙子が立っていた。紺のエプロンを身につけた姉は言った。

「何してるの?」

「なんでもないよ、今行くから先に食べてて。」



怪訝そうに煉を見やり早く来なさいよと姉は階段を下りていった。今日は母が仕事帰りで遅くなるという事で代わりに亜沙子が夕飯を作った。セーターを見つからないようにかばんにしまい、ばれなくてよかったと胸を撫で下ろした。一階に下りるべく階段を下りていく。キッチンの方からとてもおいしそうな食欲をそそられる匂いがしていた。



翌朝、煉はかたい決意を胸に抱き家を出た。煉に対する仕打ちをやめさせるべく昨日の夜はどういう風に説得を行うか考えた。うまくいくかどうかはわからないけれど失敗したときのことはそのときに考えればいいと腹を括っていた。今は物を隠される程度のことなので案外うまくいくかもしれない。そんなことを考えながら煉は学校の門をくぐった。
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