第64話 顔を合わせられずにいると白が。。
文字数 2,310文字
あの日以来、真琴は柿本のことを避けた。教室で彼が真琴に話しかけてきても、真琴は取り合わずに、教室を出た。最初の頃は怒鳴りつけたりもしたがあの頃とはまた状況が違っていた。彼に対して拒絶や嫌悪、怒りをもつのではなくて、二人の間に気まずい空気が流れていた。
真琴は彼に対して恐れの気持ちを抱いていた、というより彼と面と向かって話すことに恐怖していた。一度彼が教室から逃げ出した真琴を追いかけてきて手を捕まえて言った。
「待ってよ、真琴さん。どうして僕を避けるんだ。」
真琴は彼の質問には答えずに言った。目を合さずに。
「よかったわね、浅倉さん美人だし。付き合っちゃえばいいじゃない。」
「真琴さん・・・話を聞いてよ。」
「聞きたくない!私には何の関係も無いことでしょ。あなたが誰と付き合おうが私は知らないわ!それに私の過去の話聞いて呆れたでしょ。私と関わっていたらろくなことないわよ。」
真琴は首を激しく振ってそう言った。
「どうしてそんなに怒ってるの?とにかく話を聞いてよ!」
彼は苦い表情で言った。真琴は驚いて目を見開いたが、すぐに顔を伏せて彼の手を振りほどいて言った。
「別に怒ってなんか・・ないわよ・・・・。」
真琴は彼をその場に残して逃げ出した。
ここの所、授業が終わると真琴は音楽室には顔を出さずに、学校を後にした。音楽室に行けば多分、彼がやってくるかもしれないから。真琴は彼に会いたくなかった。彼が浅倉雪絵とどうなったかを真琴は知らない。真琴は彼ら二人が一緒に仲良くいるところを想像すると、胸が締め付けられてズキズキと痛み息苦しくなった。
必死にそんな想像をかき消そうとしたがなかなかうまくはいかなかった。真琴は気持ちが不安定な状態のまま、猫がいる公園に餌をあげるために向かっていた。
餌の入ったビニール袋を手に提げて真琴は公園の敷地内に入った。まっすぐに猫のいる公園の隅にある芝生に入っていく。小さな森のようになった所を抜けて小さく開けた緑の芝生の茂る地面に真琴はビニール袋を置いた。
「白、ご飯だよ。出ておいで。」
いつものように真琴は猫に呼びかけたが返事をする鳴き声やガサゴソと茂みを揺らせてやってくる気配もない。真琴は首を傾げて再度、白、白ご飯だよと呼びかけた。
だが一向に猫が現れる様子はない。公園の敷地のどこかにでも散歩に行ってるのかなとこの時は事態を軽く見ていた。袋を拾い上げて真琴は公園内のどこかに猫がいないか見てまわった。公園の敷地内はとても広く、一周するのにも十五分程かかる。
背の高いフェンスに囲まれた広大なグランドでは中学生だろうか、まだ幼い顔の少年達がサッカーの試合をしていた。真琴は芝生の間を縫うように舗装された道に沿って公園内を探していった。しかし猫はどこにもいなかった。至る所にある芝生の中まで隅々探したが、見つからなかった。
どこに行ったんだろう、白・・・もしかして公園内から出て行ったのかもしれない、外は危ないのに・・と真琴は思った。今まではこんなことはなかった。餌をあげているいつもの場所にいなかったとしても、公園内を探せばかならずどこか近くにいた。だんだん胸の内に不安が広がってきた。
胸騒ぎが起こって真琴は公園を出てその周囲の道を探しまわった。必死になって探していると後ろから声をかけられた。
「どうしたの?真琴さん。」
振り返るとそこには学生鞄を提げた柿本蓉介が立っていた。彼も今日は美術室には行かず下校したらしく、ここにいるという事は白の様子を見に来たのであろう。その証拠に手にキャットフードの袋を持っている。
「白がっ・・白がいなくなっちゃったの。」
動揺を隠せない真琴の声は震えて少し泣き声に近かった。その様子に彼は事態を即座に把握したようだった。
「何だって!公園内にいないのか?」
「さっき公園内をくまなく探したけどどこにもいないの。もしかしたら外に出て行ったのかもしれない。どうしよう、どうしよう、白に何かあったら・・・・。」
真琴はパニック気味になって頭を両手で抱えた。
「真琴さん、落ち着いて。まだ何かあったと決まったわけじゃないんだから。僕も手伝うから一緒に探そう。」
彼は真琴の肩をつかんでなだめるように言った。真琴は余裕のなくなった表情で弱々しく頷いた。
真琴と柿本は公園の周囲半径三百メートル前後を探してまわった。だが捜索むなしく猫は見つからなかった。二人は途方にくれて川沿いにある堤防を見渡せる高い土手の道の上にいた。真琴は土手にしゃがみこんでいて、その側に柿本が立っていた。夕陽が西の空、遠くに見える山々に沈んでいこうとしている。
「もしかしたら、もう公園に戻ってるかもしれないよ。戻ってみよう。」
「そう・・・そうね・・・・そうしましょう。」
真琴の答える声には明らかに憔悴の色がにじみ出ていた。真琴は精神が疲弊しきって重くなった体を引きずり持ち上げるように立ち上がった。二人が公園に引き返そうと少し歩いたその時。真琴は地面にできた赤い点を見つけた。
それは土手の道を横切るように川沿いの側に続いていて、さらに雑草の生えた下り坂の方に続いていた。真琴の背筋に悪寒が走り、気がつけばその赤い点を追い、土手の坂を川の方に向かって駆け下りていた。
「真琴さんっ?どうしたの?」
急に駆け出した真琴に彼が声をかけてきて、彼も少し遅れて赤い点に気がついたらしくすぐ真琴の後を追ってきた。赤い点は緑のはえる雑草の上では見づらかったが、注意深く辿って行った。
「白っ!」
真琴は叫んだ。土手を降りてちょうど真ん中ほどに平らになった場所がありそこに白はいた。白はまだ大人になりきっていないその小さな体から血を流して横たわっていた。
真琴は彼に対して恐れの気持ちを抱いていた、というより彼と面と向かって話すことに恐怖していた。一度彼が教室から逃げ出した真琴を追いかけてきて手を捕まえて言った。
「待ってよ、真琴さん。どうして僕を避けるんだ。」
真琴は彼の質問には答えずに言った。目を合さずに。
「よかったわね、浅倉さん美人だし。付き合っちゃえばいいじゃない。」
「真琴さん・・・話を聞いてよ。」
「聞きたくない!私には何の関係も無いことでしょ。あなたが誰と付き合おうが私は知らないわ!それに私の過去の話聞いて呆れたでしょ。私と関わっていたらろくなことないわよ。」
真琴は首を激しく振ってそう言った。
「どうしてそんなに怒ってるの?とにかく話を聞いてよ!」
彼は苦い表情で言った。真琴は驚いて目を見開いたが、すぐに顔を伏せて彼の手を振りほどいて言った。
「別に怒ってなんか・・ないわよ・・・・。」
真琴は彼をその場に残して逃げ出した。
ここの所、授業が終わると真琴は音楽室には顔を出さずに、学校を後にした。音楽室に行けば多分、彼がやってくるかもしれないから。真琴は彼に会いたくなかった。彼が浅倉雪絵とどうなったかを真琴は知らない。真琴は彼ら二人が一緒に仲良くいるところを想像すると、胸が締め付けられてズキズキと痛み息苦しくなった。
必死にそんな想像をかき消そうとしたがなかなかうまくはいかなかった。真琴は気持ちが不安定な状態のまま、猫がいる公園に餌をあげるために向かっていた。
餌の入ったビニール袋を手に提げて真琴は公園の敷地内に入った。まっすぐに猫のいる公園の隅にある芝生に入っていく。小さな森のようになった所を抜けて小さく開けた緑の芝生の茂る地面に真琴はビニール袋を置いた。
「白、ご飯だよ。出ておいで。」
いつものように真琴は猫に呼びかけたが返事をする鳴き声やガサゴソと茂みを揺らせてやってくる気配もない。真琴は首を傾げて再度、白、白ご飯だよと呼びかけた。
だが一向に猫が現れる様子はない。公園の敷地のどこかにでも散歩に行ってるのかなとこの時は事態を軽く見ていた。袋を拾い上げて真琴は公園内のどこかに猫がいないか見てまわった。公園の敷地内はとても広く、一周するのにも十五分程かかる。
背の高いフェンスに囲まれた広大なグランドでは中学生だろうか、まだ幼い顔の少年達がサッカーの試合をしていた。真琴は芝生の間を縫うように舗装された道に沿って公園内を探していった。しかし猫はどこにもいなかった。至る所にある芝生の中まで隅々探したが、見つからなかった。
どこに行ったんだろう、白・・・もしかして公園内から出て行ったのかもしれない、外は危ないのに・・と真琴は思った。今まではこんなことはなかった。餌をあげているいつもの場所にいなかったとしても、公園内を探せばかならずどこか近くにいた。だんだん胸の内に不安が広がってきた。
胸騒ぎが起こって真琴は公園を出てその周囲の道を探しまわった。必死になって探していると後ろから声をかけられた。
「どうしたの?真琴さん。」
振り返るとそこには学生鞄を提げた柿本蓉介が立っていた。彼も今日は美術室には行かず下校したらしく、ここにいるという事は白の様子を見に来たのであろう。その証拠に手にキャットフードの袋を持っている。
「白がっ・・白がいなくなっちゃったの。」
動揺を隠せない真琴の声は震えて少し泣き声に近かった。その様子に彼は事態を即座に把握したようだった。
「何だって!公園内にいないのか?」
「さっき公園内をくまなく探したけどどこにもいないの。もしかしたら外に出て行ったのかもしれない。どうしよう、どうしよう、白に何かあったら・・・・。」
真琴はパニック気味になって頭を両手で抱えた。
「真琴さん、落ち着いて。まだ何かあったと決まったわけじゃないんだから。僕も手伝うから一緒に探そう。」
彼は真琴の肩をつかんでなだめるように言った。真琴は余裕のなくなった表情で弱々しく頷いた。
真琴と柿本は公園の周囲半径三百メートル前後を探してまわった。だが捜索むなしく猫は見つからなかった。二人は途方にくれて川沿いにある堤防を見渡せる高い土手の道の上にいた。真琴は土手にしゃがみこんでいて、その側に柿本が立っていた。夕陽が西の空、遠くに見える山々に沈んでいこうとしている。
「もしかしたら、もう公園に戻ってるかもしれないよ。戻ってみよう。」
「そう・・・そうね・・・・そうしましょう。」
真琴の答える声には明らかに憔悴の色がにじみ出ていた。真琴は精神が疲弊しきって重くなった体を引きずり持ち上げるように立ち上がった。二人が公園に引き返そうと少し歩いたその時。真琴は地面にできた赤い点を見つけた。
それは土手の道を横切るように川沿いの側に続いていて、さらに雑草の生えた下り坂の方に続いていた。真琴の背筋に悪寒が走り、気がつけばその赤い点を追い、土手の坂を川の方に向かって駆け下りていた。
「真琴さんっ?どうしたの?」
急に駆け出した真琴に彼が声をかけてきて、彼も少し遅れて赤い点に気がついたらしくすぐ真琴の後を追ってきた。赤い点は緑のはえる雑草の上では見づらかったが、注意深く辿って行った。
「白っ!」
真琴は叫んだ。土手を降りてちょうど真ん中ほどに平らになった場所がありそこに白はいた。白はまだ大人になりきっていないその小さな体から血を流して横たわっていた。