第66話 よみがえった過去の誓い、もうあの日々には戻れない

文字数 3,605文字

スーパーから小さめのダンボールをもらってきて白をそこに入れて、彼が家に一晩あずかると申し出た。施設に白を連れて行くわけには行かなかったので真琴は了承した。今日はもう暗くなって遅いので明日学校が終わったらすぐに、お線香や御供え物を用意して公園のいつも餌をあげていたところにお墓をつくろうということになった。



あそこなら人も滅多に入ってこないし、白の住処だったところだからだ。駅で別れる時、白を入れたダンボール箱を持った彼は真琴に言った。



「僕は君に振られたけれど君のこと、あきらめないからね。せめて僕と付き合えない理由をきちんと教えてくれるまではあきらめないから。」

まだ弱々しかったが、少しいつもの笑みを取り戻して彼はそう言い、そのまま駅の改札を抜けて消えていった。





次の日、学校で真琴は柿本と朝から顔を合わしてもほとんど話をしなかった。放課後、白のお墓をどうやってつくるかなど、最低限の言葉しか交わさなかった。昨日彼に告白されて真琴は断ったので、気まずかったし、ほぼ毎日会いに行っていた白という真琴にとって大切な存在を失ったことで少なからないショックを受けていたのでとても誰かと話をする気にはなれないくらい気持ちが沈んで落ち込んでいたのだ。



その証拠に授業中も上の空で、内容が全く頭に入ってこなかった。彼の方をチラリと盗み見ると彼もどこかいつもと様子が違って見えた。何だかぼんやりとして気が抜けたような表情をしていた。彼も真琴同様に、白の死にショックを受けているのだろうか。彼は人見知りする白には珍しく、とても白に懐かれていた。



餌をあげに行くと白が可愛らしい声で鳴いて彼に体をすり寄らせていき、抱っこしてというようによく甘えていた。彼が喜んで白を抱っこしていた場面が、真琴の中で鮮明によみがえって、真琴は思わず胸が熱くなった。



学校で泣くわけにはいかないので真琴は目に浮かんだ涙を引っ込めてぐっと耐えた。それと、彼は昨日帰り際にあんなことを言っていたけれど、真琴に振られたことにもやはりショックを受けたのだろうか・・。もしそうだとしたら真琴は複雑な気分になる。彼のことが嫌いなわけじゃない。



むしろ人間としてはとても好ましく、真琴は彼のことが好きなのかもしれない。初めはよくわからない変わった人間だと思っていたが、彼と共に過ごすうちにいつの間にか彼にひかれている自分がいた。でも・・だからこそ・・好きだからこそ、彼と付き合うわけにはいかない気がした。





愛していた存在を失うことにはどうしても慣れる事ができないものだと真琴はぼんやり考えていた。いつもと違って見える普段の光景に違和感を覚えていた。何もかもが浮き上がって見え、とても現実感に乏しかった。まるで夢の中にいるような錯覚を受けた。



学校が終わると真琴と柿本はいったん別れて、彼は家に帰り、白が入った箱、土を掘り起こすためのスコップ、白の遺体を入れるための薄手の木箱、お線香を持ってきた。真琴はお供えとして、キャットフード、白の好物だった煮干し、などをスーパーで買った。



公園で待ち合わせをして、真琴が先につき、彼が遅れてやってきた。彼が連れてきた白は昨日入れられていたダンボールとは違い、百貨店の高級な品物が入っていそうな厚い白紙でできた上等な箱に入れ替えられていた。



あのまま粗末なダンボールで一晩寝かされるのは不憫であるという白に対する彼の気遣い、優しさなのであろう、真琴は少し嬉しくなって泣きそうになった。白は箱の中で柔らかい布地に包まれるように横たえられていた。



布の下には凍らせた小型のアイスノンがしかれて白の遺体が傷まないように冷やされていた。真琴は白・・・とつぶやいてかたく冷たくなった白の体に触れて涙ぐんだ。もうあの可愛らしい声で鳴いてくれることは二度とないのだと思うと真琴は胸が苦しくなった。



まだ完全ではないが白の死を実感した。二人とも気が重いのか、あまり話さずにお墓を作りにとりかかった。スコップで白が入った箱が入るぐらいまで地面を掘り、箱を丁寧におさめた。白のまわりに、煮干しやキャットフードを入れ、その上から白や黄色の花を添えた。後は蓋をして上から土を被せるだけとなった。これでもう二度と白の顔を見ることはできなくなる。



真琴は蓋を手になかなか置くことができず、白の永遠の眠りについた横顔を見つめた。蓋を閉じようとしない真琴に彼も同じ気持ちなのだろう、何も言わず、隣でしゃがみこんで白を澄んだ瞳で見つめていた。あんなひどい怪我で亡くなったというのにとても安らかな表情をしている。



苦しみの表情でなくこんな穏やかな白の顔を見ていると、真琴や彼に可愛がられて、この世に思い残すことはなく天国にいけたのではないだろうかとなんとなく思えた。そのことだけが真琴には救いのような気もする。今頃は天国の暖かな光でいっぱいに満ちたお花畑で、白が無邪気に駆け回っている様子が真琴の中に浮かんだ。真琴は白の体を、頭を優しく撫でつけて言った。



「白、元気でね、私も柿本君もあなたの事忘れないよ・・・・。今度生まれてくる時は幸せになってね・・・・。」

言葉の最後のほうは尻すぼみになって、白の肩の辺りに真琴の涙が落ちて白い毛波に小さなしみをつくった。



「白、僕らとめぐり会ってくれてどうもありがとう。白がいたから僕たち三人はかけがえのない時間を持てた。安らかにおやすみ・・・。」



彼も最後の別れの言葉を言いながら、白に触れた。匹とは言わず、三人とは白のことを入れて言っているとわかったが、真琴はあえて訂正しなかった。彼の方を見て真琴はお互い無言で頷いてから蓋をした。蓋をする瞬間、白の最後の姿をこの瞳に焼き付けようとした。



土を被せて、手頃な石を集めて塚のようなものを作った。あまり目立つように作らなかったのは万が一、子供などに掘りおこされでもしたら困るからである。もちろん犬にも掘りおこされないよう深めに埋めている。彼が持ってきたお線香を真琴と一本ずつ、火をつけ土にさした。



真琴と彼は手を合わせて目を閉じ、白の冥福を祈った。お線香からでる細い煙はゆらゆらと複雑に揺れ動いて、まるで白が墓を作ったことに喜んで御礼言っているように見えた。





白を葬ってそれぞれの家路に着こうと駅に向かう途中、秋に向かい色づき始めている木々のある並木道で彼は言った。

「僕時々、白に手を合わせに公園に行くよ。」

「そうね・・・私もそうするわ・・・。白もその方が喜ぶものね。」



お互いに精神的に心に重たげな疲労感じていてので、話す気にはなれなかったが、彼はそれだけ言って真琴と別れた。







白を失って数日は、学校で彼とも話をせずぼんやりと過ごした。まともに物事を考えられなかったが、日がたつにつれて少しづつではあるが、心内が落ち着いてきて、白の死を冷静に見つめることができるようになった。それと同時に彼に告白されて断ったことも徐々に意識しだした。



十日程してから彼はポツリポツリと真琴に話しかけてきたが、真琴は避けるように彼と距離を置いた。真琴は彼の告白を振った以上、あまり相手をしたくなかった。まさか白が亡くなった後に彼に告白されるなんて想像もしなかった。



話の成り行きでそうなってしまったのか、真琴が白を失った悲しみに無意識の内に弱い所を彼にさらけ出してしまったからなのか。彼が浅倉雪絵に告白されているのを見てから、真琴は彼のことを避けていたが、第三者から見て今の二人の状況も同じ状態に見えるだろうが、真琴の心理状態が以前とは違っていた。



彼が誰かと付き合うことになるのを知る恐怖はなくなったが、代わりにもうこれ以上彼に関わってはいけないという気持ちが強くなっている。告白される前の二人の関係にはもう戻れないと思った。告白されたことで、真琴は思い出したのかもしれない。遠い昔に心に誓ったことを。



他人を受け入れてはいけなったこと、柿本蓉介と交流を持ってしまったことは間違いであること。



今ならまだ間に合う。手遅れにならない内に深く傷ついてしまう前に、彼とは縁を切るのだと真琴は決心していた。その決意に心のどこかが鋭い痛みを発していたが真琴はそれを無視して蓋をしようとしたのだ。



「真琴さん、どうして僕を無視するの。僕と付き合うのが嫌なのはわかったけれど、話をするのさえも駄目なの?交際を断ったらもう以前のように友達関係を続けることもできないの?」

彼が真琴に近づくたびに同じことを聞いてきた。



「ごめんなさい、もう私に話しかけないで。」

真琴は一方的に彼から遠ざかろうとした。そんな真琴の態度に彼が納得するはずもなく彼は何度も真琴に問いかけ続けた。真琴は今の接し方を貫こうと思う。



いずれ彼もこんな真琴に愛想をつかして離れていくに違いない。それでいいんだと真琴は考え自分に言い聞かせた。後は彼の去った後に真琴を襲う息苦しさに耐えれば済むことだ。
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