第53話 狙われた亜沙子

文字数 4,376文字

出席番号八番、神楽坂亜沙子は加奈が転校してくるまではクラスでは目立たず完全に孤立していた。加奈と親しくなった後でも皆と歩幅を合わすようなことはしなかったが、そんな人とは進んで関わろうとしない神楽坂亜沙子がある日やってきた特に特徴もない転校生と仲良くなったことは意外でクラスメイトたちを驚かせた。



加奈と出会う前の亜沙子はクラスメイトとは打ち解けずに休み時間などは一人本を読むなどして過ごしていた。新しく同じクラスになって初めて彼女に話しかけた者は常にそっけない返事や言葉であしらわれ、まるで人を意識的に避けているのではないかと周囲に思わせた。



いつもクールな印象を受ける顔つきと冷めた感じで人との交わりは皆無に近かったが、勉強やスポーツはクラスで愛と共に一、二を争うほどに優秀だった。授業中窓際の席で外の景色を遠い目で眺めていて、真剣に授業を聞いている風には見えなかったが、その態度を先生に注意され黒板に出て問題を解くように言われても、難なくすらすら問題を解いたし、テストでは満点に近い成績をとった。



体育の授業、短距離走では俊足の愛と互角に走れたし、バスケットやドッジドールをさせても常に中心選手として活躍した。しかし何でもできるのにいつも亜沙子の表情は楽しそうではなく、つまらなそうだった。



愛と同様に何でも器用にこなすので皆は一目置いていたが、唯一愛と違う点は人と仲良くしないところだけだった。愛は亜沙子とは対照的にクラスの中心的存在でクラスを取り仕切っていた。愛がこうするといえば皆が黙って従う程にクラスの実権を握っていた。



成績優秀でスポーツ万能、見栄えする容姿、亜沙子と同様なんでも器用にこなし、リーダーシップをとり皆をまとめ、きびきびした物腰で学校の先生達も愛のことを優秀な模範の生徒のように評価していた。愛は先生たちの前では受けのいい優等生を演じていたがクラスでは裏の顔を持っていた。



クラスに少しでも弱みやコンプレックスを見せた生徒をいじめの標的にしてクラスメイトも巻き込んでいじめさせた。いじめられている生徒以外の他の生徒たちは、もしいじめられてる子を助けたりしたら一緒になっていじめられるか、今度は自分がいじめのターゲットにされることを恐れていじめを見てみぬふりをするか、あるいは一緒になっていじめた。



先生の見ていないところで愛はいじめられっこに暴力を振るったり、クラスで集団無視などあらゆるいじめを行った。愛は支配欲、独占欲が強くいじめている時、至福の喜びの表情を見せた。そんないじめが刊行されクラスメイトが巻き込まれている中、神楽坂亜沙子は自分には関係ないという顔で、いじめが行われていることに見向きもしないで、いつもどおりただ淡々と自分の学園生活を送っていた。



ある日、愛がそろそろ飽きてきたので、いじめのターゲットを変更して亜沙子にすると言い出した。愛と特に仲の良いクラスメイトたちが愛を囲んで口々に言った。それは面白そうね、いつも澄ました顔してる奴がどんな顔するか見てみたいわね。成績も運動もできて誰とも仲良くしないあの態度が何か気に食わないよね。全員一致で愛たちは亜沙子をいじめの標的にすることを決定した。





放課後、生徒たちが仲の良い子たちと連れ立って教室を後にしていた。亜沙子は一人鞄を背負い教室を出た。校門へ向かう廊下を一人歩いていると後ろから声を掛けられた。



「神楽坂さん、ちょっといいかしら。」

振り返るとそこには薄ら笑いを浮かべた愛を中央に、クラスを取り仕切っている連中が数人立っていた。下校する生徒たちが立ち止まっている亜沙子たちを追い抜いていく。



「何か用?」

亜沙子は皆の顔を見渡して冷めた口調で短くそう言った。

「ちょっと体育館の裏まで一緒に来てもらえないかしら。」

愛が笑みを浮かべたまま切り出した。



「どうして?用もないのにあなたたちに付き合う義理は私にはないけれど。」

淡々と亜沙子は告げてこの連中の意図を読み取っていた。どうせ先生たちのいないところに亜沙子を連れて行ってリンチでもするつもりなんだろうと考えた。



いじめの標的に自分を選んだということか。別に怖くはなかったがただ面倒くさいことに巻き込まれるのだけはごめんだった。そう考えていた時愛が何やら持っていた鞄に手を入れて何かを取り出した。愛の手には亜沙子の所有物である筆箱が握られていた。



綿素材で出来たそれはピンク色で可愛らしい造りでできていた。それを見た瞬間いつの間に盗られたのかと少し亜沙子は驚いて見せた。そういえば帰りのホームルーム前に、亜沙子はトイレに行くために一度席を立ったが、もしかしたらその時奪われたのかもしれない。



亜沙子の妹の煉が家のお手伝いなどで一所懸命やってためたお小遣いで、姉の誕生日にと、無理してプレゼントしてくれたものだ。目の中に入れても痛くないくらい可愛い、妹の真心がこもったそれを亜沙子はとても大切に使っていた。



「じゃあこれがどうなってもいいのかしら?まあいらないなら帰ってもいいけど。後で煮るなり焼くなりしましょうか。」

愛が冷ややかな笑みを浮かべて亜沙子の反応をうかがってきた。亜沙子はやれやれとため息をつきめんどくさそうに観念した。



「わかったわ。ついていくからそれを返して頂戴。」

「ええいいわよ。ただし体育館の裏まで来たらね。」



気味の悪い笑みを見せて愛達一向は体育館に足を向け、亜沙子はしぶしぶ後からついて行った。やれやれ、面倒なことになったと亜沙子は呆れていた。彼らもこんなくだらないことに時間を費やして何が面白いんだろうかと、内心馬鹿にしていた。



体育館の裏は夕暮れの光が差し込んでこないので陰になっており地面がじめじめしてしていた。ここなら人目につくことはないから、いじめをするにはもってこいということか。

「さあ、それ返してもらおうかしら。」

亜沙子が愛に手を差し出した。どうする?と愛は他のクラスメイト達に意見を求めた。

「いやだって言ったら?」



亜沙子は冷めた眼差しで深いため息をついた。愛が顔を歪めて言った。

「そういう態度がむかつくのよね。」

「つぶしちまえば。」



と見るからに体格のいいクラスで一番ケンガが強い男子が言った。それはいいわねと愛達はどこから出したのかはさみを取り出し、切り裂こうとした。

「ちょっと何するのよ!」



いきなりの出来事に亜沙子は焦りやめさせようとしたが、男子に突き飛ばされしりもちをついて、間に合わず見るも無残に筆箱は破壊されてしまった。鉛筆、消しゴムなど中身が地面にこぼれ落ちて行く。



「あー、ひっどーい、びりびりに破いちゃった。愛ちょっとやりすぎじゃないの。」

女子生徒の一人が愉快そうに言う。

「ごめんなさいね。こんな簡単に破れるなんて思わなかったから。」

愛がそう言うと皆は笑い声を上げた。



「あんたたち・・・許さない。」

俯いたまま亜沙子は低い声でつぶやいた。

「え、何?」

「なによ、何か文句あんの?」



「これからあんたをここにいる全員でリンチしてやるからね。前からあんたのこと気に入らなかったのよ。友達いないくせに済ました顔して勉強もスポーツも私と対等に張り合ってくるんだから。」

愛が見下すような口調で言い、詰め寄った。



女子生徒の一人が愛の前に一歩踏み出して、亜沙子の顔を平手で思い切り叩いた。よく響く音が体育館裏にこだました。女生徒が殴られて横を向いている亜沙子を不敵な笑みで伺う。亜沙子が鋭い視線で女生徒を睨み見据えた瞬間、女生徒の体に鳥肌がたったようだった。



気後れして女子生徒が亜沙子につかみかかったその時、女生徒が次の瞬間には後方に吹っ飛んだ。

「え?」

一瞬の出来事だった。そこにいた亜沙子を除く全員が何が起ったのかわからず、唖然とした。女生徒は派手に地面を転がり飛んでいった。

「な、何しやがる。」



体格のいい男子が動揺気味になりながらも亜沙子に殴りかかった。見るからに重たそうな拳を亜沙子に向かって振り下ろす。亜沙子はそれを体で軽く裁き、男子の体に自分の体を交差させて亜沙子の拳が男子の顔にめり込み見事なカウンターがもろに決まった。



大きな体格の男子が勢いよく二、三メートルはふっとんで倒れこみ鼻から血が流れ出した。男子の返り血を顔に浴び愛は呆然と口を開けて見守っている。

「く、くそーっ!」



男子生徒は立ち上がり再度亜沙子に向かっていくが、軽くいなした後、亜沙子の強烈な回し蹴りが男子生徒の顔側頭部を強打し、横になぎ倒した。激しく地面に倒れる音が鈍く響く。既に戦意を失いうつぶせになって悶える男子の上に亜沙子が飛び乗った。



「お前ら、これぐらいじゃ済まさないからな。覚悟しろよ。」



普段の冷めた風貌の亜沙子からは考えられないような、鬼のような形相で男子や愛達を睨み据えた。その目は血走っている。愛はひっと短い悲鳴をあげて他の女性生徒達と共に震えあがっている。亜沙子は戦意を喪失して既に泣いて怯えている男子に向かって拳を振り上げた。



「い、今のうちに逃げるわよっ。」

愛と残りの仲間たちが倒れている女子と男子を置いてその場を去ろうとした。

「ち、ちょっと待って・・・。お、俺たちを置いていかないでくれよーっ。」



情けない声で叫ぶ男子に構わずに愛達はそそくさと逃げていく。

「お前ら待て!」

亜沙子が追いかけようとした時、体育館のはずれの道から教師が現れた。



「こらーっ!お前らそこで何してるんだ!」



舌打ちして亜沙子は愛達を追うのをあきらめた。愛達は先生には目撃されることなく逃げることに成功したようだった。亜沙子は先生に顔を見られたので逃げても意味がなかった。いずれ呼び出されてしまうだろう。その後亜沙子は生活指導室に呼び出されて事情を詳しく聞きだされた。



亜沙子に怪我を負わされた女子と男子は保健室で応急手当された後、念のため大事をとって保健の先生によって病院に連れて行かれた。亜沙子はどういういきさつでこの状況に至ったかを正直に説明したが、愛の名を出すと途端に教師の顔に疑いの表情が浮かんだ。



愛は学校の教師誰もが認める模範的な優等生だったため、愛がそんなことをするわけがないと、教師の間で協調性がないことで問題視している亜沙子の話を信じようとしなかった。仮に亜沙子の話が真実だとしても、いくら大事なものをとられて壊されたからといって、暴力を振るったのはやりすぎだと亜沙子を非難した。



亜沙子は内心呆れて閉口していた。教師はどうこうしようが亜沙子に責任があるように話の流れをもっていきたいように思えてならなかった。大事なものを壊された亜沙子の気持ちも、相手が問題児の自分だから教師は理解しようとしないのではないか。



その日はそのまま家に帰されたが、後日父兄を呼んでもう一度事情を聞くことに決まった。釈然としないまま、亜沙子は帰路についた。
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